筆者らの研究によると、重要なリーダーシップ・コンピテンシーは16種類あり、これらを「良」から「優」のレベルに向上させるには、彼らが「コンピテンシー・コンパニオン」と呼ぶ補完スキルと合わせて取り組む必要があり、こうすることで際立った改善効果が得られるという。
また、現役のリーダー約3万人の360度評価データ25万件を分析したところ、欠点や弱点を矯正するよりも、優れたコンピテンシーの数を増やしたほうが、「リーダーシップ効果」は全体的に底上げされることも明らかになった。
本稿では、優秀だが昇進を見送られたマネジャーが「非線形能力開発」、いわゆるクロス・トレーニングによって長所のレベルを上げ、その数を増やすことでリーダーシップ効果を大きく改善した例をひも解きながら、リーダーシップ・コンピテンシーを強化する方法を解説する。
欠点を直すより長所を伸ばしたほうが効果は大きい
そのマネジャーのことを、トムと呼ぶことにしよう。彼は、「フォーチュン500」企業の営業部門で働くミドル・マネジャーである。勤続10余年、成功を収めてきたといえる。目標数字をクリアし、だれからも好かれ、人事考課でもずっと高い評価を得てきた。
ジョン H. ゼンガー
John H. Zenger
リーダーシップ開発のコンサルティング会社、ゼンガー・フォークマンの共同創設者兼CEO。
ジョセフ R. フォークマン
Joseph R. Folkman
ゼンガー・フォークマンの共同創設者兼社長。
スコット K. エディンガー
Scott K. Edinger
ゼンガー・フォークマンのエグゼクティブ・バイス・プレジデント。
彼は、全世界で展開している製品の調整・統一を図るという最重要プロジェクトの責任者への昇進を志願した。「自分こそ最有力候補である」と自信たっぷりで、理屈で考えても次の異動先であり、自分のスキルとバイタリティに打ってつけであると思われた。
これまでの実績は揺るぎないものだった。つまらないミスもキャリアに傷をつけるような言動もなく、上司といさかいを起こしたこともなかった。それゆえ、経験の乏しい同僚にその役職が与えられたと聞いて、愕然とした。何が問題だったのだろう。
トムの知る限り、問題は何もなかった。だれもが彼の仕事ぶりに満足しており、上司の女性マネジャーも太鼓判を押していた。現に、直近の360度評価の結果も彼女が予想した通りだった。トムは、あらゆる項目で平均ないしはそれ以上だった。結果を出すのみならず、問題解決力や戦略思考、部下の士気を高めて好業績を上げさせるなど、すべてに力を発揮していた。彼女いわく「自分を変えようなんて考える必要はありません。これまで通りでいいの。自分の強みを活かしましょう」。
それにしても、なぜあのような結果になったのか、トムはわけがわからなくなった。もっと戦略的に考えるべきなのか。もっと部下を鼓舞すべきなのか。もっと問題解決に努力すべきなのか――。
弱点を改めるというのは手っ取り早いが、安易である。「線形能力開発」、すなわち基本を学び実行することで、測定可能な結果を着実に積み重ねていけばよい。
我々は過去数十年にわたって、世界各国のビジネス・リーダー数万人を調査してきたが、そのデータによれば、(短所を矯正することと)長所のさらなる伸長を図ることはまったく別物である。何しろ、得意分野を伸ばそうとしても、わずかな改善しか得られない。
目に見える改善を実現するには、「補完スキル」の習得に取り組まなければならない。これは「非線形能力開発」と呼ばれ、スポーツ選手の間では、クロス・トレーニング(交差訓練法)として知られているものである。
マラソンの初心者は、ストレッチ運動と週数回のランニングを重ねながら、徐々に走行距離を伸ばし、持久力とマッスル・メモリー(一度強化した筋肉は、しばらくトレーニングを休んでも、再開すれば復活すること)を高めていく。
一方、ベテラン・ランナーになると、走る距離を伸ばしただけでスピードが目に見えて速くなることはない。もう一段高みに至るには、ウエート・トレーニング、水泳、サイクリング、インターバル・トレーニング、ヨガなどを通じて、既存のトレーニングを補うスキルを身につける必要がある。
リーダーシップ・コンピテンシーも同じである。「良」から「優」に評価を上げるには、ビジネス版クロス・トレーニングに取り組む必要がある。
たとえば、特定の専門分野に秀でている人が、その分野の専門書をいくら熟読したところで、コミュニケーション――この能力のおかげで、あなたの専門性について多くが知るところとなり、同僚たちはそれを頼りにするようになる――などの補完スキルが向上することはないだろう。
本稿では、リーダーシップ効果を飛躍的に高めるための指針をわかりやすく解説する。以下では、トムがどのように自分の長所を把握し、伸ばすべき長所として何を選び、どのような補完スキルを開発することにしたのか、そして最終的にどうなったのかについて見ていく。
そのプロセスは単純だが、開発すべき補完スキルは必ずしもはっきりしているわけではない。したがって、まずクロス・トレーニングのリーダーシップ版をじっくり観察してみよう。