「上から目線」は一瞬で信頼を失う
――たとえば今までに、「ビジネスとしては魅力的だけど、その取引相手を信頼しきれなかったために、取引を中止した」という経験はありますか?
小西 ありますよ。ひとつ、具体的な経験をお話ししましょう。
1980年ごろ、ある日本有数の飲食店チェーンからコラボレーションしないかというお話をいただいたことがありました。ご縁をいただいたそのチェーン店の社長から、「小西君と組んで、マレーシアにも進出したい」というお話をいただいたのです。
――当時すでにマレーシアに地歩を築いていた小西さんと組んだほうが成功確率が上がる、というわけですね?
小西 そういうことですね。
その社長は、とても立派な方でした。私たちはすぐに意気投合し、「ぜひこの話を前に進めよう」と盛り上がりました。そして「実務はこの人に引き継ぎます」と、部長を紹介されたのですが、ここで話がおかしくなりました。
この部長が、どういう行動をとったか?挨拶もそこそこに、私に書面を突き付けたのです。その内容は「これはこうしていただきます。これはこうしていただきます。これはこうしていただきます……」と、向こうの都合による要求のオンパレード。事前に何の相談もなかった話が「具体的な指示」として、次から次へと並べられています。それもすべてが「上から目線」で、私に対して「こうしていただきます」と押さえつけるような言い方なんです。
――それはカチンときますね。
小西 ええ。私は、社長とは何回もお会いして、関係を築いていました。飲食店チェーンの本社にも何回もお伺いしましたし、店舗におけるオペレーションも何度も見学しました。マレーシアの市場調査も行い、その会社の社長と2人、「これは面白いビジネスだ」と盛り上がり、いざ具体的に動かそうというところまで来ていたのです。それを、実務担当として紹介された部長が、私を「現地で指示通りに動く業者」としてしか見なかったわけです。
1980年というと、私は36歳。まだ青臭い部分もあったのかもしれませんが、新しく登場した人物にいきなり見下されることに、怒りを覚えました。そして、その気持ちのまま、すぐ社長に手紙を書きました。「社長とせっかく長い時間をかけて検討してきた話ですが、社長が紹介してくれた部長からこのような要望がきました。事前の相談もなく、具体的な指示ばかりが飛んでくる。これではやっていけません」と。これで、その話はなくなりました。
――毅然たる態度を示したわけですね。
小西 はい。
その飲食店チェーンは大企業。部長は40歳半ばくらいの方で、私より10歳ほど年上でした。しかし私は、相手から上から目線でものを言われる筋合いはないんですよ。ともにビジネスをするパートナーなわけですからね。
たとえ片方が大企業でもう片方がひとり社長の会社でも、片方が60歳を超えていてもう片方が二十代の若者でも、ひとたびコラボをすると決めたら、立場はイーブンなんです。お互いにお互いを必要としているから、コラボが成立するのですからね。その飲食店チェーンは明らかに、私を必要としていました。私のほうがマレーシアの市場を知っていますからね。それを、一度会っただけで、書面でああしろこうしろと言うのは、根本的に間違っています。
――なるほど。
小西 まぁ、あそこで完全に打ち切ったのは、若気の至りもあったかもしれません。いまなら、もう少し違った対応もできたでしょう。しかし、その判断自体は間違っていなかったと、いまも思っていますよ。
――たしかに、小西さんの「相手の立場を理解し、相手の権益を尊重して、相手を助ける」というスタンスと、その部長の「上から目線」は、まさに真逆ですね。よく「上から目線」はダメと言われますが、その本質は「相手を理解し、尊重し、助ける」という基本と180度異なるから、なのかもしれませんね。
小西 そうかもしれませんね。社長とはお互いの価値観を共有できていても、結局、実務を進めるとなるとその部長が相手になりますからね。こちらのことを一切考えないような「上から目線」の担当者とは一緒に仕事はできませんよ。
おそらく1980年の段階でマレーシアに進出したら、その飲食店チェーンは大成功していたでしょう。マレーシアの人たちの嗜好に合ったメニューをたくさんもっていましたからね。
しかし、それはあくまでも、お互いがお互いを尊重しながらビジネスを進められた場合の話。その部長とビジネスを進めたとしても、きっとほかにもさまざまなトラブルが起き、頓挫していたことでしょう。私に言わせれば、会社の規模や年齢などという外形的なことにとらわれて「上から目線」になったがために、大きなチャンスを逃したということです。
ビジネスというものは、お互いに助け合うことで成果を出していくものです。お互いに相手を慮り、相手のやる気を引き出す。そしてこちらも一所懸命やる。すると自然に、事業はうまくいきますし、その逆もまた然りですよね。「上から目線」などというものは、それを阻害するものでしかありません。