北朝鮮側で予測不能な事態が起これば米中衝突も?

――北朝鮮問題についても、トランプ米大統領の暴走リスクは小さいでしょうか。

iPhoneも作れなくなる!?朝鮮半島の紛争を米中は阻止できるか国際政治学者・田中明彦氏【前編】「アメリカの北朝鮮対応は、オバマ政権時代よりも適切ではないか」と田中氏

 北朝鮮問題については、トランプ政権のこれまでの対応はおかしくないと思いますね。時にあぶなかしい発言をするトランプ米大統領ですが、安全保障面では有能な政策担当者の意見を採用し、伝統的な戦略にのっとって対応しています。今の北朝鮮の核・ミサイル開発の速さを考えれば、オバマ政権時代よりも適切な対応ではないでしょうか。

 北朝鮮の核・ミサイル開発に対する抑止力をアメリカが確実に発揮するうえで、すべての手段はテーブルの上にあるんだぞというメッセージを送るのは合理的です。中国を訪問したティラーソン国務長官がソウルでの記者会見で「戦略的忍耐の政策は終わった。すべての選択肢がある」と明言したのは、その一例でしょう。唯一のリスクは、最高司令官である米大統領がアドバイザーの意見をすべて退けて合理的判断をくださない場合ですが、可能性はきわめて低いでしょう。

――少なくともアメリカは安定的な戦略をとっていて、中国ともうまく連携できそうですか。

 ただ、アメリカが対応を間違わなくても、北朝鮮で何が起こるかは未知数です。北朝鮮内で不穏な事件が起こったり、内部でクーデターが起きたりなど、不測の事態が起きる可能性はあります。そういうときに、アメリカと中国との間で相互に認識のギャップや誤認があれば、いかに解決するかを巡って米中間で武力紛争か、その手前であっても相当危ないところまで対立が激化する可能性はあるでしょう。19世紀に、朝鮮の政権内部の混乱に際して、日清戦争が起こったときのようなケースです。あのときは、混乱に乗じて日本が戦争を仕掛けたというべきでしょうけれど。

 アメリカの軍事専門家はよくわかっていると思いますが、朝鮮半島で軍事紛争が起これば日本や韓国を含む東アジアのみならず、世界経済全体に甚大な悪影響を与えます。この点は、安倍首相からトランプ大統領にあらためて強調しておくべきでしょう。朝鮮半島や日本列島にアメリカ人が多く滞在しているだけでなく、この地域が世界経済の成長にも大変重要な地域であることを認識してもらわなければいけない。仮に軍事紛争が起これば、世界中のサプライチェーンがひっくり返ることになります。

東アジアで戦争が起きたときの経済的インパクトは甚大

――極東の問題について、アメリカは肌感覚で認識してくれているのでしょうか。

 アメリカのトランプ支持者の一部には、朝鮮半島もイラクも同じように見えるかもしれませんが、実際はかなり異なります。国防長官や安全保障担当補佐官などはよくわかっているはずだし、アメリカ軍は世界中に展開するなかで、日本や朝鮮がどれだけ重要な拠点かも理解しています。

 そして、それはアメリカの大企業の人もよくわかっています。東アジアで戦争が起きたら、たとえばiPhoneは作れなくなりますよ。かつて65年前に同じ場所で起きた朝鮮戦争のときは、全く異なります。今は中国や東アジアは製造・流通面の要所として世界と有機的につながっていますから、朝鮮半島で軍事衝突が起きたときに、なんとしてもその規模を限定的にしなければなりません。

――アメリカとの間では、日米安全保障条約第5条で定めたアメリカの対日防衛義務をどこまで果たすべきかなど、双方与えうる便益にしたがって同条約を見直すべきではとの声も出ています。

 「同盟」というのは、お互いが共同で対処できる能力をできるだけ向上させることが大事です。アメリカ軍に比較し得る軍隊は世界のどこにもないので、日本がアメリカとの同盟関係のあり方を考えるうえでは、日本に脅威が迫ったときに彼らが効果的に動いてくれるような関係を構築せざるをえません。たとえば北朝鮮に対して、核兵力やミサイル兵力を抑止できる存在は基本的にアメリカしかないわけです。

 アメリカの抑止力をさらに効果的にするためという範囲でいえば、日本がなしうることはかなり沢山あります。日本国内ではやや論争を呼ぶ可能性が高いけれども、日本自身が敵国への反撃能力を高めることは検討すべき課題です。目下でいえば、北朝鮮のもつ弾道ミサイルの脅威に対応できるミサイル防衛能力も必要でしょう。

 そして、なんでもアメリカ頼りとするわけにはいきません。人が住んでいない離島防衛においては、少なくとも離島を占拠する相手国をみずから抑止できる体制は整えなければいけません。

――そのために必要な法的整備は十分でしょうか。

 集団的自衛権の行使に関しては、2014年7月の閣議決定がしめした政府解釈でほぼ決着したと思っています。集団的自衛権は限定的に発動できるようになり、新しい安全保障関連法ができました。今の北朝鮮の脅威というのは日本に非常に近いところで起きていて、まさに限定的に行えるケースです。もし、この法整備ができていなかったら、今頃大変だったでしょう。目下の課題は、その法解釈の変更に則って自衛隊なり国家組織を瞬時に対応できる体制に整えることです。兵力を備え、訓練もしなければなりません。

 安保関連の憲法解釈や法制整備で不十分なのは、国連などの行う平和維持活動などでへの日本の参加形態の問題ですが、北朝鮮の問題では、今おおきな問題となるわけではありません。(後編へつづく)