芸術活動で人気が高いのは楽器のレッスンで、特にピアノを習う子どもは多い。芸術活動に関しては男子よりも女子が多いことが特色となっている。子どもに何か情操教育をという思いと、女の子のほうが文化的な活動に関心が強いだろうという推測や、子どもの希望などからこのような結果になっていると考えられる。

 芸術活動においては費用の問題も目立つ。家計における芸術活動に関する支出を見てみると、年収による差が勉強やスポーツなど他の学校外活動に比べはるかに大きい。これはピアノなど芸術活動のレッスンには多額の費用がかかり、高所得者の子どもしか芸術活動を行えないということを意味している。楽器の場合はそれ自身の購入にも多額の費用がかかることも忘れてはならない。

 スポーツにせよ芸術にせよ、学校外での活動や習い事には費用がかかり、親の所得の多寡がこのような活動をできるかどうかの決め手になる。

【必読ポイント!】
◆なぜ日本は教育を親まかせにしてきたのか
◇教育費を私的負担する日本国民

 文部科学省が2年に1度実施している「子どもの学習費調査」などをもとに試算した、1人の子どもを幼稚園から大学に通わせるためにかかる費用は、最も安いケースで1060万円、もっとも高いケースで4710万円である。さらに、幼児期から高校生までの学校外教育費の総額は平均で294万円となる。

 こうした、決して安いとはいえない教育費を、日本では主に家庭が私的に担っており、公共部門はさほど負担していない。主として先進国が加盟するOECD諸国の中で、日本はGDPに占める公的教育費支出額の比率が最低水準である。日本や韓国、アメリカなどでは教育費の私的負担の割合が大きく、ヨーロッパの大陸諸国では公共負担が大きいという特色がある。

 こうした背景には、社会保障や教育といった活動については、個人や家庭に任せたほうがよいという思想が日本で根強いことがある。

 大学での教育費は社会が負担すべきか、個人もしくは家族が負担すべきか、という意識調査において、東京都でも富山県でも、7割~8割の回答者が「家族が負担すべき」と答えている。また、同様の調査結果を、回答者である親の年収別にまとめたデータもあるが、多少の差はあれど6割~8割の親が、「教育費は家族が負担すべき」と考えていた。つまり、日本人は総じて、高等教育は家族が担うべきという考えが主流なのである。

◇教育は私的財か、公共財か

 特に大学教育に関して、私的財が公共財かという両方の見方があるうち、私的財と見るのが望ましいと考える論拠には次のようなことがある。大学教育の費用を社会で負担するということは、大学教育を受けていない人も含めて国民全員が税負担をすることを意味する。すると、大学教育を受けていない人から受けている人への所得再分配となり、すなわち低所得者の税負担額が高所得者のそれよりも大きいという逆進性の現象が起きてしまう。そうすると、高い所得を稼ぐことになる大学進学者自身に負担してもらうのが公平だということになるのである。

 しかし一方で、そもそも教育は公共財であるという考え方はとても大切なものである。国民全員に必要最低限の義務教育を提供することは、公共精神に則った市民社会で人間が生きるために必要なことであり、それは国民全員の税負担でなされるべきだ。その延長として考えると、大学教育を公共財とする論理も見えてくる。

 大学教育を受けた人が従事する仕事によって、社会全体が受ける利益は多い。たとえば、技術者や学者、教師、企業の経営者や管理職、司法関係者のように、高い知的水準を必要とする職業は経済発展に寄与し、国民全員がそのベネフィットを享受することができる。この社会的利益を考えれば、大学教育に公費を投入するという考え方も許容されるであろう。