だから従来の遺伝学の研究は、遺伝子の上に起きた変化を一生懸命探してきました。実際に、遺伝子AがA’へとほんの些細な一文字が書き換わっただけで、病気や大きな形態異常が起きることはありますし、アルツハイマー病やがんのように、遺伝子上の変化がその病気の発症に大きな影響をもたらす例もあったわけです。

遺伝子の働きはもっと自由なものです

――エピジェネティクスはそうではない?

 では、エピジェネティクスはどういうふうに遺伝を考えているのかというと、従来の遺伝学を否定しているわけじゃないんです。従来の遺伝学は遺伝学として成り立つと考えています。その上で遺伝子A、B、Cがどういうふうに働くのかを遺伝する仕組みがあるのではないか、というのがエピジェネティクスの考え方です。

 遺伝子が働く=遺伝子のスイッチがオンになるというのは、DNAがRNAというものに変換されて、RNAがタンパク質に変換されることを言います。実際に細胞の中で働きを示すのはタンパク質です。それは1対1に起こるのではなくて、一つのDNAからたくさんのRNAがコピーされて、そのたくさんのRNAからまたたくさんのタンパク質が作られるというように、一対多となりその都度増幅されるわけです。だからAという遺伝子がタンパク質になる(オンになる)には、そのタイミングがいつなのかと、どれぐらいの量が作られるのかという二つの指標があります。

 遺伝子のスイッチがオンになる順番も、A、B、Cなのか、A、C、Bなのか。同じA、B、Cでも、AとBがオンになってだいぶ経ってからCがオンになるのかというタイミングがあります。それから、遺伝子A、B、Cがそれぞれどれぐらいの数のタンパク質になるかは、ステレオの音量つまみのようにボリュームを調整可能なのです。

 そのタイミングやボリュームは大まかに決められていて、それも一緒に遺伝するんじゃないか、あるいは遺伝するような仕組みがあるのではないか、それを調べるのがエピジェネティクスの研究です。遺伝子オンのタイミングやボリュームが変わるだけで、生物は大きく姿形が変わるし、行動も変わる可能性があるということで、非常に注目されています。

 だから今は、遺伝子がA、B、Cと定まってそこから動くことはできないというある種の遺伝子決定論から、もっと遺伝子の働きというのは自由自在だという見方に転換されてきているんじゃないかと思っています。