介護保険が創設される際、「介護の社会化」が盛んに喧伝されたのは、この辺りの背景が影響しており、制度設計にも影響しました。

 具体的には、介護保険制度の創設が日本に先行したオランダとドイツ、さらに日本を参考にした韓国では、いずれも介護する家族に対して「現金」を給付する仕組みがあるのですが、日本では「女性を家族介護に縛り付けることになり、介護の社会化に反する」という批判が高まり、導入が見送られました。言い換えると、それだけ女性の介護負担は社会的な問題だったと言えます。

 次に、「自宅介護がダメだと病院」という点ですが、日本では1973年に老人医療費を無料化したことで、高齢者向けの老人病院が次々と作られます。この結果、本来は福祉でカバーすべき需要を、医療で対応するようになったわけです。これを専門用語で「医療化」、入院が不必要なのに家庭の事情などで入院することを「社会的入院」と呼んでいます。

 しかも、当時の診療報酬は出来高払いと言い、点滴や手術など医療行為を提供するほど医療機関の収入が増える仕組みだったので、不必要な点滴や検査が行われやすい構造でした。その結果、本来は福祉的に対応すべき高齢者ケアが、医療行為に置き換えられていったのです。『花いちもんめ』では多くの高齢者がベッドに寝かされ、何人か点滴に繋がれている情景がありますが、これは正に「医療化」「社会的入院」の典型例です。

 こうした状況を改善するため、介護保険は制度創設時点から「在宅ケア」を重視していました。ヘルパーが自宅に来る訪問介護、高齢者の通いの場である通所介護(デイサービス)などのサービスが保険給付として位置づけられ、当時から比べれば選択肢が格段に増えたのは事実です。

 最後の「人権無視の老人病院」ですが、暗い部屋で20人ぐらいの高齢者が拘束付きで寝かせられている『花いちもんめ』、家族から見放された高齢者が入院している『人間の約束』の老人病院は、当時の雰囲気をよく表しています。