しかし、同じく耳が聞こえない片山道夫(小林桂樹)と知り合って結婚します。その後も、せっかく生まれた赤ん坊が、夜中に異常な泣き声をあげているのに、2人は聞き取れずに死なせてしまうなど、さまざまな苦労に直面しますが、2人で乗り越えていく設定です。

 この映画では、聴覚障害者の生活が生き生きと描かれており、特に電車の音がうるさくても手話で「会話」できたり、声が聞こえない遠く離れた場所でもコミュニケーションを取れたりできる、手話の“威力”を紹介する場面は見事です。

 特に、自殺を考えるほど思い詰めた秋子を道夫が追っ掛け、電車で別々の車両に乗り込んだ2人が手話で会話し、道夫が秋子を諭す場面があります。私には手話のレベルの巧拙を評価できませんが、これは「音声」でコミュニケーションを取っている人には絶対にできないことですし、重要な場面で巧みに取り込んでいる辺りが、映画の素晴らしさを際立たせています。

 さらに、収録の様子を紹介する当時の新聞(1960年8月22日『朝日新聞』夕刊)を見ると、監督を務めた松山善三(高峰秀子の夫)の「数年前、日比谷でクツ磨きのろうあ者を知ってから、ずっとこの題材を考えていた」というコメントが出ており、相当な思い入れと準備があったことがうかがえます。

 この記事では、高峰秀子と小林桂樹が聴覚障害者から教えてもらいつつ、連日、手真似で手話を練習していると紹介されているので、2人ともかなり手話を勉強したのでしょう。

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 映画では、2人が話す場面で敢えて字幕も用いており、2人が音声情報にアクセスできないことも強調しています。詳細はDVDでご覧いただくとして、こうした内容や演出は当時、画期的だったのではないでしょうか。

 ただ、今の感覚で単純に比較すると、障害者に対する認識について物足りなさも感じます。例えば、道夫が秋子に結婚を申し込む場面です。上野公園でデートした2人は帰り際、無賃乗車を疑われたり、差別的な表現で怒鳴られたりします。これにショックを受けた秋子は道夫に話します。

「私たちは助け合わなければ生きていけません。一生、私を助けてくれますか。(中略)私たちのようなものは一人では生きていけません。お互いに助け合って普通の人に負けないように」