モーニング・スターのマネジメント・モデルを解剖する
組織ビジョンに示されたモーニング・スターの目標には、「全員が自主管理の達人になり、だれからの指示も受けずに同僚、お客様、サプライヤー、業界関係者とのコミュニケーションや調整を図る会社になること」という一節がある。
「だれからの指示も受けずに」という箇所に引っかかりを感じなかっただろうか。指示の出し手、受け手とも不在の会社を、いったいどう舵取りするというのか。以下にモーニング・スターの手法を紹介する。
使命(ミッション)を上司の代わりにする
同社は「トマト関連の製品やサービスを提供して、品質や対応の面でお客様の期待に確実にお応えする」という目標を掲げており、従業員は皆、この実現にどう貢献するかを自分のミッション・ステートメントに記す義務を負っている。たとえばロスバノス工場で働くロドニー・リガートが選んだ自分の使命は、「効率がよく環境に優しい方法でトマト・ジュースをつくる」である。
各自がミッション・ステートメントを持つことが、モーニング・スターのマネジメント・モデルの土台である。
「みんなが自分の使命の達成に責任を持つのです。そのために必要な訓練を積んだり、経営資源や協力を手に入れたりするのも、各自の責任ですよ」とルーファーは説明する。
工場のベテラン技術者、ポール・グリーン・シニアが「私は自分の使命と誓いを糧に、仕事をしています。マネジャーに尻を叩かれるわけではありません」と言い添えた。
従業員同士で合意を形成させる
各従業員は毎年、自分が仕事上きわめて大きな影響を及ぼす同僚たちと相談しながら、合意書(CLOU(クルー): Colleague Letter of Understanding)を作成する。CLOUとは要するに、各自のミッションを達成するための業務計画である。
これを作成するために、10人以上の同僚と、おのおの20~60分ほど話し合う。できあがったCLOUでは最大で30もの活動分野に言及し、それらに関連する成果尺度を残らず説明する。CLOUをすべて合わせると、そこにはフルタイム従業員同士のおよそ3000にも上る業務上の関係性が示されている。
CLOUの中身は、本人の能力や関心に応じて年ごとに変化していく。ベテラン従業員は経験を積むにつれてより複雑な業務を担い、初歩的な業務を社歴の浅い同僚に引き継ぐのだ。
CLOUを作成する理由としてルーファーは、従業員同士が自主的な合意を基に仕事をすると、うまく足並みがそろう点を挙げている。
「CLOUを土台にして仕事の体制ができるのです。報告書を見せる、容器をトラックに積む、特定のやり方で機械を操作する、という約束を同僚と交わすわけですね。言わば自発的な取り決めが命令の役目を果たすため、自在な対応がしやすくなります。上から押しつける場合よりも、業務上の関係性を改めやすいでしょう」
印象深いのは、ルーファーが自由を協調の敵ではなく味方と見なしている点である。モーニング・スターでは、従業員同士がクモの巣状の多面的な関わりを持ちつつ、そのなかで各自が独立請負業者に近い仕事のやり方を取っている。
ある従業員は「当社では、上司は存在しません。自分以外の全員が上司のようなものですよ」と語ってくれた。
23の事業部も毎年、CLOUのような手順により、互いの交渉を通して取引条件を決めている。事業部ごとに損益を管理しているから、折衝では激しい火花が散ることもある。一例として栽培事業部と加工工場の間では、トマトの取引量や価格、納入スケジュールをめぐって丁々発止のやり取りがあるだろう。
背後にあるのは、CLOUの場合と同じく「上から『こうするように』と命じるよりも、おのおのが自主的に取り決めたほうが、同じ目的に向けて一丸になったり、現実に根差した仕事をしたりしやすい」という発想である。
全員に本当の意味で権限を与える
たいていの企業では、権限委譲は掛け声だけでほとんど実現していない。しかし、モーニング・スターは例外である。事業開発のスペシャリスト、ニック・キャッスルは、以前の勤務先との好対照について語ってくれた。
「前の会社では私の上にバイス・プレジデント(VP)がいて、その上にさらにシニアVP、エグゼクティブVPがいました。ところがモーニング・スターでは、1人ひとりが会社を動かさなくてはなりません。だれかに命令するわけにはいきませんから、必要なことはすべて自分でやらなくては」
仕事に使うツールや機器を手配するのもその1つである。モーニング・スターには、購買部門もなければ支出を承認する上級幹部もおらず、だれもが発注権限を持つ。保全技術者は、必要なら8000ドルの溶接機を自分で注文する。請求書が届いたら、注文の品を受け取ったことを確認したうえで、支払い処理のために経理部に回す。各自に購入権限があるからといって、全体の統制が取れていないわけではない。類似の製品をまとめ買いしている者、あるいは同じメーカーと取引している者が複数いる場合は、定期的に会合を持ち、購買力を最大限に活かそうとしている。
このような仕組みを取り入れた理由をルーファーが説明してくれた。
「ある日小切手にサインをしていて、『責任は私が取る』という言葉を思い出しました。この言葉は間違っています。目の前の書類には、注文通りの納品があり、請求額は正しいと書かれていました。小切手も用意されていました。この状況では、サインしないという選択肢はありません。ですから、肝心なのはだれが支出を承認するかではなく、発注者、つまり、だれがその品を必要とするかですよね。私が注文書を吟味するのはふさわしくないし、購入者がマネジャーの承認を得なくてはいけないのもおかしな話でしょう」
時として案件が込み合って現金が不足すると、購入を延期する。それでもやはり、資金の割り当てよりも調達こそが財務部門の役割である。
自主管理は人材採用にも及んでいる。「仕事が多すぎる」「新しい役割をこなすために人材が必要だ」と感じたら、自分たちの責任で採用活動に乗り出すのである。モーニング・スターは、最前線の従業員に会社の小切手帳を渡して率先して人材探しをするよう期待する、稀有な企業である。もっともルーファーに言わせれば、これが良識あるやり方なのだ。
「適切な機械がないから、あるいは有能な同僚がいないから仕事がうまくいかない、という思いをだれにも抱いてほしくないのです」
私がモーニング・スターを訪れていた間、「権限委譲」という言葉はだれの口からも出なかった。なぜなら権限委譲という概念は、上に立つ人が適宜、部下たちに権限を譲り渡すという前提に立っているからである。自主管理の原則を拠り所とする組織では、権限は上から与えられるのではなく、各自が最初から持っているものなのだ。
従業員を枠にはめない
モーニング・スターでは会社側が従業員の役割を決めるわけではないから、技能を伸ばしたり、経験を積んだりした従業員には、より大きな責務を引き受ける機会がある。研修・育成責任者のポール・グリーン・ジュニアは、こう述べている。
「みんな自分の得意な仕事をすべきでしょう。ですから、特定の業務を押しつけようとはしません。結果として、従業員たちの役割の幅広さと複雑さでは、他のどんな会社をも凌ぎますよ」
全員があらゆる分野の改善提案を出してよいとされている。他社の従業員は、変革はトップダウンで進められるものだと考えがちだが、モーニング・スターでは、変革は自分たちの責任で起こすものだと心得ている。引き続きグリーンの言葉を紹介しよう。
「『自分の技能を活かせば付加価値を生める』と思うなら、何にでも関わってかまわないと、私どもでは考えています。このため、自分の担当とは別の分野で変革を起こす例も少なくありません。自然発生的なイノベーションも多いですし、変革のアイデアは意外なところからもたらされます」
昇進するためではなく、影響を及ぼすための競争を奨励する
モーニング・スターでは、階層や地位を示す肩書きがないのだから、昇進の階段も存在しない。
だからといって、全員が対等というわけではない。どの専門領域においても、周囲よりも高い評価を受ける人はおり、その評価は給与水準に反映される。社内の競争はあるが、焦点はだれが日の当たるポストに就くかではなく、だれが最も大きく貢献するかに置かれている。
この競争で優位に立つには、新しい技能を身につけたり、同僚の役に立つために新しい方法を見つけたりしなくてはならない。
「うちの会社では昇進はありません」と語るのは、ITスペシャリストのロン・カウアである。「立派な肩書きを得るよりも大きな責任を担ったほうが、箔づけになるのです」
ルーファーは、ゴルフの世界になぞらえながら、モーニング・スターでの栄誉とは何かを説明してくれた。
「現役時代のジャック・ニクラウスは、肩書きや地位を求めてプレーしていたわけではありませんよね。彼は、優れたプレーをすればみんなが望むもの、つまり達成感を得られるとわかっていたはずです。偉業を成し遂げれば希望通りの人生を送るだけの収入が得られることも、知っていたでしょう。頂点に近づくとは、肩書きではなく実力や評判の問題なのです」