アイデア段階であるが、エネルギー産業の集積をするのがいいと思っている。

 例えば、廃炉は1号機から4号機まですべて廃炉にするのに40年かかるかといわれている。今、原子力の専門家が少なくなっている。昔は原子力と言えば花形だったが、いまは若くて専門的に学んだ人は少ない。海外の国々の力も借りながら、廃炉に関して国際的な研究機関を町に作ってもらう。関係する研究機関や企業も進出し雇用が生まれる。

 そもそも、今回はメルトダウンしてしまった原子炉を廃炉にする。東海第一原発の廃炉が進んでいるが、今回の福島第一原発は世界でも初めての試みだ。国が中心となって、廃炉をするための専門的な機関を誘致してほしい。

 それから、東京や仙台からのアクセスを良くするために、常磐線に“ミニ新幹線”みたいなものを通してほしい。東京からも来やすく仙台からも来やすい町にすることが必要だ。

あと2年で帰還を目指す
行政の役割は環境整備

――「富岡町災害復興ビジョン」のなかで「まちづくり会社」を核にした産業復興を目指すと明記した。

 農地は汚染されていて、農作物は作れない。だから、エタノールにできる植物を実験して作り、それを将来的には生産する会社を作りたい。その母体がまちづくり会社だということだ。

――町民のなかには帰りたくないという人も多いのではないか。

 おそらく、町民の半分くらいは帰りたくないという気持ちを持っているだろう。しかし、われわれ行政の役割は、帰ることができる環境を整えることだ。

 いまは町民に情報をできるだけ提供して、現地の状況をよく知ってもらうことを優先している。それと同時に、今の避難生活から脱するために、国と県と協力して災害復興住宅を用意して、そこで、教育、病院、雇用をしっかりと整えたい。そこで、帰るのを待てる環境を整えたい。そうすれば、今は帰りたくないと思っている人でも気持ちが変わってくるかもしれない。帰還までのステップを踏ませてもらいたい。

 昨年9月、「2年で帰還する」と言ったが、先に言ったように除染への動き出しが遅れてもう1年経ってしまっているから、実質、震災から「3年で帰還」ということになるだろう。