「働き方改革」がリーダー育成を邪魔する?

荒川詔四(あらかわ・しょうし)
株式会社ブリヂストン元CEO。タイ、中近東、中国、ヨーロッパなどでキャリアを積むほか、アメリカの国民的企業ファイアストン買収時には、社長秘書として実務を取り仕切るなど、海外事業に多大な貢献をする。タイ現地法人CEO、ヨーロッパ現地法人CEOを経て、2006年に本社CEOに就任。2008年のリーマンショックなどの危機をくぐりぬけながら、創業以来最大規模の組織改革を敢行したほか、独自のグローバル・マネジメント・システムも導入。一部メディアから「超強気の経営」と称せられるアグレッシブな経営を展開、大きな実績を残した。

 荒川さんのような方にそう言って頂けると大変光栄です。ところで、私は、リーダーシップについて考えるうえで、現在、議論されている「働き方改革」のことが気になっているんです。荒川さんは、あの議論をどのようにご覧になっていますか?

荒川 うーん、難しい問題ですが、私は「働き方改革」には少々疑問を抱いているんです。日本のホワイトカラーの生産性の低さはよく話題にはなりますし、かつて某国の大臣から揶揄されたように「日本人は蟻のように働き続ける」というのも、人間的ではないかもしれません。私たちが生産性を高める工夫をしなければならないのは間違いないと思います。

 しかし、単に「労働時間を短縮する」ということで解決できるのかと考えると、どうも疑問なんです。もちろん、生産性を上げるには成果を上げるために投入する時間・労力などの資源を最少化する必要があるのは事実なんですが、だからと言って、「労働時間を減らせばいい」というのは短絡的ではないか、と。

 その通りですね。

荒川 それに、日本人はたしかに労働時間が長いかもしれませんが、その反面で「労働時間にとらわれず、最良のものを練り上げる」という強みもあったように思います。その強みを手放してしまうことになりやしないか、という気もします。

 たしかに、「働き方改革」と言いながら、「裁量労働制」「労働時間の削減」などという言葉ばかりが先走りして、「どのような働き方が良いのか?」という点が見えてこない印象があります。

荒川 そうですね。そもそも「働き方改革」という言葉に、私は違和感があります。

 ほう、どういうことですか?

荒川 現場のビジネスパーソンの「働き方」を問題にする前に、経営側の「働かせ方」に問題がないかを考える必要があるように思うんです。

 たとえば、組織的な意思決定に時間がかかりすぎていないでしょうか? 現場が何かアクションを起こすためには、その前提として組織的な意思決定が不可欠です。つまり、経営の意思決定が遅れたら、その間、現場はアクションを起こせないということ。それで、生産性が上がるはずがないんですよ。日本のホワイトカラーの生産性が低い原因は、実はここにあるかもしれないと考えてみる必要があると思うんです。

 たしかに、「働かせ方」に問題があるとすれば、いくら「働き方改革」をしても効果は見込めませんね。非常に重いご指摘だと思います。私が現在の「働き方改革」に不安を覚えるのも、労働時間に話が集中していて、今指摘されたアウトプットの視点が抜け落ちているからのように思います。

荒川 なるほど。

 『優れたリーダーはみな小心者である。』に印象的なエピソードが記されています。荒川さんが家入昭さん(ブリヂストン第5代社長)の社長秘書課長を命じられたときに、「秘書は365日、24時間勤務だからな」と家入さんから直接、釘を刺されたというくだりです。これは、今の時代ならば、パワハラ、ブラック企業と言われるかもしれませんよね?(笑)

荒川 うーん、まぁ、そうですよね(笑)。だけど、社長の仕事がそもそも「365日、24時間勤務」ですからね。秘書も当然そうなるものだと覚悟を決めましたよ。しかも、当時、ブリヂストンは、巨費を投じて、グローバル・ジャイアントであるファイアストンを買収する決断をした直後でしたから、そんなに甘っちょろい状況じゃありませんでした。

 素晴らしい。私はいまのお話は、リーダーシップ育成という観点からとても重要だと思います。キャリアのある時期においてそのような働き方をせずに、リーダーシップを磨くことなどできるのかと思うんです。ビジネスの世界では結果が伴わなければどんな言い訳も通りませんから、リーダーになっていく人たちは、国籍を問わず猛烈に働きます。そういう「最大心拍数」をストレッチするような体験がリーダーシップ育成には必要ではないでしょうか。GEなどのグローバル組織でいろいろな人を見てきた経験を振り返ってみると、やはりある種の極限状態というか「理不尽な要求」を何度となく乗り越えてきた人たちのみが優れたリーダーになっているように思います。

 そこは、さきほど荒川さんがおっしゃった、「労働時間を減らせばいいというのは短絡的ではないか」という疑問に通じると思うんです。労働時間を減らして、効率的に働くことばかりが推奨されていますが、そこに囚われていると重要なものを見失ってしまう。リーダーシップは座学で学ぶものではなく、過酷な実体験を通じて身体で覚えるものですからね。

荒川 同感です。企業組織のピラミッドの上のほうにいる人間は、「時間制限なく働くことで価値を生み出すというところに自分自身の価値があるんだ」と納得して役職を担ってきましたからね。ブリヂストンであれば、社長が愚かな意思決定をすれば、世界中のユーザーにご迷惑をおかけして、14万人の従業員を路頭に迷わせかねないわけです。しかも、タイヤは国際規格商品ですから、参入障壁など一切ありません。いつ何が起こるかわからない、まさに“生き馬の目を抜く”業界なんです。24時間365日緊張を強いられるのが当たり前なんです。

 勘違いしている人も多いのですが、欧米でも、リーダー層はめちゃくちゃ働きますからね。それこそ、日本人が負けそうになるくらいに。でも、その努力が世の中をかたちづくっているんです。世の中に変化を起こしているんです。そんな世界で生き残るリーダーを育てるためには、ただただ「労働時間の短縮」という枠に無理に押し込めようとする短絡的な「働き方改革」は危険ですらあると思います。

 では、荒川さんの考える「理想のリーダー育成」とは、どのようなものですか?

荒川 さきほど森さんがおっしゃったように、逃げ道のないところに追い込まれて、「自分でなんとかするほかない」という場面を多く経験することだと思いますね。そのような局面では、誰かのせいにしたり、環境のせいにしても、意味がありませんからね。自分でなんとかするしかない。無理やりリーダーシップが引き出されるんですよ。

 小心者であっても?

荒川 そう。『優れたリーダーはみな小心者である。』にも書きましたが、無数の細い糸を織り込み、強い力で引き締めることによって、強靭な縄がつくられるように、「繊細さ」「小心さ」「臆病さ」など一見ネガティブな性質を束ねてこそ、本当の意味で「強靭なリーダーシップ」は生まれると、私は思っています。そして、逃げ道のないところに追い込まれて、「自分でなんとかするほかない」と腹をくくったときに、「繊細さ」「小心さ」「臆病さ」が束ねられるのだと思うんです。