「理不尽」がリーダーの度量を育てる

森 時彦(もり・ときひこ)
神戸製鋼所を経てGEに入社し、日本GE役員などの要職を務める。その後、テラダイン日本法人代表取締役、リバーサイド・パートナーズ代表パートナーなどを歴任。現在はチェンジ・マネジメント・コンサルティング代表取締役として組織活性化やリーダー育成を支援するかたわら、執筆や講演等を通じてファシリテーションの普及に努めている。ビジネス・ブレークスルー大学客員教授、日本工業大学大学院客員教授、NPO法人日本ファシリテーション協会フェロー。

 なるほど。そして、「繊細さ」「小心さ」「臆病さ」を束ねた人物ほど、強靭なリーダーになるというわけですね。家入さんも、そのようなリーダーでいらっしゃったんですか?

荒川 家入は、ひとことでいえば「怖い」社長でしたね。自分にも他人にも非常に厳しく、目つきも鋭い。怒るときには腹の底からガーッと怒る。しかし、よく観察してみますと、繊細な糸が幾重にも編まれて太く束ねられたような、そういう人間なんですね。とにかく、あらゆることに細心の注意を払って、物事を緻密に考え続ける。だから、言うことに説得力があるんです。

 リーダーシップ論のなかには、「自分もこのようなリーダーになりたい」というロールモデルを持ちなさいと説いている本もあります。荒川さんにとって家入さんはロールモデルという存在でしたか。

荒川 うーん、どうでしょうか(笑)。当時は「こういう経営者になりたい」とは思わなかったんですよ、怖すぎて(笑)。でも、あとから考えてみると家入さんから受けた影響はたくさんあります。知らず知らずのうちに学んでいたことが多くあった。そんな感じですね。森さんが影響を受けたロールモデルはいらっしゃるんですか?

 ジャック・ウェルチですね。私がゼネラル・エレクトリック(GE)に入社したのは、ウェルチが最高経営責任者を務めている最後の5年くらいのときです。私のウェルチに対するイメージは、荒川さんが抱いた家入さんに対するものに近くて、とても怖かった(笑)。

 ただやはり、ずーっとGEをエクセレントにするために何をすべきかを考えている人なんですね。だから役職を問わず部下の意見を聞く。たとえば、初めてお会いする方々との商談に同席したこともありますが、商談が終わったら私に「今のミーティング、どう思った?」などと真剣な表情で聞いてくるんです。自分の見方に囚われないようにしようという意志を感じました。

 あと印象的だったのは、リーダーシップ研修のときのことですね。ウェルチは頻繁にリーダーシップ研修に顔を出すことで有名です。そこで何か長々と講義をするというより、一人ひとり全員とコミュニケーションを取ろうとする。たとえば、私を指さして「お前、この前東京であったな。あの時のディナーのゲストは豪華だった。みんなに話してやってくれ」と話しかけてくる。「難しい理屈を説くのではなく、情に訴えるのがうまい人」というのが私の印象で、自分もそうなりたいと意識している部分です。

荒川 なるほど、「理屈よりも情」ですか。意外とウエットなところがあるんですね。だからこそ、あれだけの経営者になったんでしょうね。

 家入さんも「情」の人物でしたか?

荒川 もちろん「情」の厚い人物でしたが、それ以上に「原理原則」を曲げない人物という印象が強いですね。事あるごとに「原理原則」と言ってましたね。それこそ口癖のように。

 笑い話のようなエピソードがあります。秘書時代に、副社長からの伝言を家入社長に話したんですが、その内容に納得しなかった家入は、即座に疑問点を指摘したんです。私が即答できずにまごついていたら、怒るんですよ。「お前は、副社長の言うことを鵜呑みにしてそのまま私に伝えたのか。仕事の原理原則がなってない」と(笑)。

 それは酷ですね(笑)。秘書という立場では、社長と副社長のやり取りに口をはさめないこともあるはずなのに……。

荒川 そうなんですよ。しかも、次に副社長からの伝言を受けるとき、社長が突っ込みそうなポイントを逐一質問したら、副社長は「お前はそんなこと聞かなくていいんだ。いいから、俺が言ったとおりに社長に伝えろ」と。板挟みですよ(笑)。

 つらいなぁ(笑)。どうやって、その状況を打開したんですか?

荒川 結局、家入の言う「原理原則」が大事だと気づきましたね。私は“社長の秘書”です。社長の立場に立って、あらゆる情報に対して裏の裏まで確認を取るのが私の仕事です。副社長の伝言をただそのまま伝えるだけなら、ただの伝言ボーイ。“子どものつかい”ですよね。仕事の本分をまっとうするのが「原理原則」。だから、私の置かれている立場を副社長に理解していただきましたよ。

 なるほど。おそらく、荒川さんは、そのような状況を無数に経験されてきたんでしょうね。いまのお話を伺っていると、やはり「理不尽」とも言える状況を打開するなかで、荒川さんのリーダーシップは磨かれてきたんだなぁと感じます。

 人によっては、「社長と副社長で直接話し合ってください。秘書を真ん中に立てて伝言ゲームをさせて、秘書に責任を持たせるなんておかしいじゃないですか」となるわけですけど、それを言っても状況は変わらない。ただの愚痴ですよね。そして、愚痴を言ってるだけの人はリーダーにはなれない。

荒川 まあ、当時の「社長秘書」というポジションは、次のリーダーを育成するためのものであるとみなされていたんですよ、社内で。だからもう、「これも教育なんだろうなぁ。ここで腐らずにどう切り抜けるかを見られているんだろうなぁ」と考えていました。

 組織は人間の集まりですから、どうしても理不尽なことがある。その理不尽さで磨かれる人と、腐っていく人がいるということかもしれませんね。そして、理不尽さに磨かれる人だけが、真のリーダーシップを身につけていくような気がします。「理不尽がリーダーとしての度量を育てる」といっても過言ではないと、私は思うんです。

荒川 そうかもしれませんね。もちろん、理不尽なことは、自分がリーダーになったときにただしていくべきだと思います。ただ、どうしたって世の中には理不尽なことはなくなりません。その理不尽さにどうやって向き合うかで、人生は変わるんでしょうね。

(続く)