「AIの蒸留」には大きな課題が!

 もっとも、この「AIの蒸留」には大きな課題があります。
 それは、知的財産権をどのように保護するかです。

 すなわち、莫大な労力と予算をかけて大量の学習を行った、その結果だけを他のAIに横取りされてしまう問題です。

 これが、人間がすべてプログラムコードを書いているのであれば、知的財産権は保護しやすいのですが、ディープラーニングをするAIは自力で学習をしますので、「その入力用データは、我が社のスーパーコンピュータに搭載したAIが出力したデータだ」と主張しても、AIが自己学習した結果得られたデータである以上、その知的財産権がどこまで保護されるかはまだ未知数です。

 先に述べたように、「AIの蒸留」は、学者の膨大な労力の上に完成した論文を読むようなものなのですが、論文であれば明白に著作権で保護されます。

 この点が、「AIの蒸留」と論文の大きな違いです。

 ちなみに、拙書『マルチナ、永遠のAI。――AIと仮想通貨時代をどう生きるか』に登場するAIの天才開発者の田淵慎吾(たぶち・しんご)は、「技術など囲い込まずに、どんどんと共有すればいい」と、知的財産権には無頓着な発言をします。

 一方で、主人公の幼なじみの五條堀裕樹(ごじょうぼり・ひろき)が勤めるエッテル・マークソン社は、AIの開発結果は門外不出というポリシーを持っています。

 今はまだ、あまり注目されていない「AIの蒸留」ですが、今後、活発に議論されることは間違いない研究分野でしょう。

 さて、本稿でも軽く触れた「AIのディープラーニング」ですが、ディープラーニングをするAIは「子どものAI」
 一方で、人が一から教えて丸暗記させるAIは「大人のAI」と呼びます。
 同じAIといえども、両者でどれほどの違いが出るのかは、第1回連載の中で「子どものAI」である「Google翻訳」と、「大人のAI」である別の翻訳サービス(X翻訳)に同じ英文を日本語に翻訳させて、まったく異なる結果になるケースを紹介しています。現在一番人気の第2回連載近い将来、『税理士や翻訳家は失業』という予想は大間違い」と併せてお読みいただけたら、望外の喜びです。