業務用ゲーム縮小に危機感
若手の声を生かしてVRへ

 もともと玩具業界にいた柳下だが、1992年にバンダイの子会社のバンプレストに転職し、業務用ゲーム機の景品の開発やゲーム機の営業などを担当。バンダイとナムコが統合後の2007年にバンダイナムコゲームスに転籍し、業務用ゲーム機の開発に携わってきた。

 もっとも、ゲームセンターの市場規模は、少子化やトレンドの変化で、16年には07年と比べて4割も縮小している。業務用ゲーム機も新たな市場づくりが必要で、柳下も常に危機感を抱いてきた。

 ヘッドマウントディスプレーの量産が始まった16年が一つの転機となった。業界ではVR元年といわれている。「VRで何かしたいよねという若手の声を一気に実現するチャンスだと考えた」。

 アイデアはいろいろ出てきた。例えば、次ページ写真の「ハネチャリ」は自転車型の筐体にまたがり、ペダルをこいで人力飛行機を飛ばすという業務用ゲーム機を基に、VRのゲームに応用したものだ。

 最も苦労したのが酔い対策。椅子に座ってヘッドマウントディスプレーを着けると、視点が動き回るため、乗り物酔いのような状態になる。開発陣は試行錯誤を繰り返し、業務用スキーゲームのノウハウを使って、映像と椅子の動きを類似させることで、酔いを軽減させる手法を思い付いた。

 他方、目も耳もふさいだ状態でのゲームは、安全性の確保や犯罪予防のために、スタッフを張り付ける必要がある。そのために既存のゲームセンターではなく、新しい施設が必要だと考えた。経営陣に掛け合い、16年に半年の期間限定で東京・台場にVRゲームが体験できる実験施設を造った。

「当初はゲームファンが来ると想定していたが、ゲームセンターにはしばらく行っていないというグループ客やカップル客が多く、大きな声を上げて楽しんでいた。VRは客の裾野が広いと気付くと同時に、グループで一緒に遊べるゲームを作りたいと考えた」

 台場の閉店後の10月に、思いも寄らない話が舞い込んだ。新宿ミラノ座跡地の再開発に当たり、20年までの期間限定で土地の借り手を探しているというのだ。期間限定故に、短期で収益を稼がないといけない上、1100坪と広い。開業後にトラブルだらけとなれば目も当てられない。柳下はちゅうちょした。