実体経済と貨幣経済は
相互に関連している

 なぜなのか。

 そのヒントは、利子と物価の関係を真剣に考えたもう一人の経済学者、クヌート・ヴィクセルの理論にある。

 ヴィクセルは貨幣数量説を否定し、インフレやデフレは実体経済と貨幣経済の相対的なポジションによって決まってくるものだと論じた。

 主著『利子と物価』(1898年)では、貨幣の需給によって金融・資本市場で決まってくる利子率を「貨幣利子率」と定義し、一方で、実体経済の需給によって決まる利子率を「自然利子率を」定義した。

 自然利子率が貨幣利子率より高ければ、投資収益が高いので資本家は資金運用をより増やし、企業に対しては金融機関からの資金供給が増え、その結果、投資が活発になり実体経済が拡大し、物価は上昇するだろう。そして逆に低ければ、実体経済は収縮し、物価は下落するという議論を展開した。

 また自然利子率は、実体経済や資本の収益率を反映しているとすれば、それは時間とともに変動するので、必ずしも物価中立的ではない。

 そこで物価中立的な自然利子率は、特別に正常利子率と名付けられている。

 ヴィクセルの議論は、フィッシャーの議論と比べると、実体経済と貨幣経済の双方を見ながら、物価の変動を考えるというかなり複雑な構造になっている。容易には理解し難いが、説得力を持つものだ。

 ヴィクセルが『利子と物価』を書くにあたって、観察の対象としたのは1873年から1896年まで続くイギリスの大不況だった。

 当時は第二次産業革命が進行し、ドイツやアメリカなどの新興国がイギリスの工業生産にとって代わり始めた。また、金本位制が各国で採用されていった時期である。

 物価は技術革新や生産力の向上による供給拡大によってデフレ状態が続いていたと解釈されていた。

 ヴィクセルの理論によれば、政府の介入なしに自然利子率が貨幣利子率より長期にわたって低かったことが、デフレに結び付いたということになる。

 ヴィクセルは当時の物価の動きを見て、次のように観察し、結論付けている。

「ある者は低い利子の水準の中に、生産と投機とを刺激する手段を認め、それだから低い利子率こそ物価騰貴の原因であると説明した。けれども事実は決して理論とは一致せず、むしろ大体、割引率の低い水準は高い物価とともに現れずに、低い物価とともに現れるということ、また割引率の異常に高い水準はほとんどただ高い物価のもとでのみ現れるということが明らかになった」と。

 ヴィクセルの理論を現代にあてはめれば、黒田日銀での超金融緩和策がインフレに結び付かないのは、自然利子率が、人為的に低く抑えられた貨幣利子率よりさらに低いからだということになる。鍵はこの自然利子率をどうやって上昇させるか、にある。