つまり、貨幣利子率を人為的に低くしても、自然利子率が上がらないと、経済は縮小し物価は上がらないのだ。

 利子率について、フィッシャーとヴィクセルの議論を受ける形で、新たな考え方を提示したのがケインズの『雇用、利子および貨幣の一般理論』(1936年)だ。

 ケインズは彼らの利子理論を十分に咀嚼(そしゃく)した上で、「利子率は貯蓄に対する報酬ではない。そうではなく、利子率は流動性をある一定期間手放すことに対する報酬である」と定義した。

 つまり、利子を通貨需要関数の中の「流動性選好」によって決まってくる貨幣的現象として捉えている。

 しかしその一方で、ケインズはヴィクセルと同様に、あるいはそれ以上に、利子を経済体系全体の中で評価することを主張している。

 すなわち、「例えば貨幣量の増加は、他の条件が同じであれば、利子率を低下させると期待してよいが、大衆の流動性選好が貨幣量の増加以上に増大しているならば、そのようなことは起こらないだろう」と。

 また、「あるいは利子率の低下は、他の条件が同じであれば、投資額を増加させると期待してよいが、もしも資本の収益率が利子率よりも速やかに低下しているならば、そのようなことは起こりはしないだろう」と注意深く述べている。

 実体経済と貨幣経済の微妙な関係の中で利子率を位置付けて、経済を物価中立的あるいは若干のインフレに誘導することが、金融政策としても物価政策としても望ましいはずである。

 ヴイクセルとケインズの理論はその処方箋を教えてくれている。

「ゼロ金利」が長期化すれば
資本主義のダイナミズムを抑圧する

 ところで、数年前ベストセラーになった『21世紀の資本』(2014年)の著者トマ・ピケティの議論もヴィクセルと重なるものがあることを指摘しておきたい。

 ピケティによれば、資本主義経済で最も重要な指標は、資本収益率rと経済成長率gの関係にある。

 歴史的に見ると、r>gの期間が長く、その結果、資本家への所得配分が、労働者への所得配分よりも高くなり、所得や資産分配の不平等が拡大する時期が多かったとしている。