筆者の懸念や不安を増殖させる
今回の習近平視察

 その意味で、今回の習近平視察は筆者の懸念や不安を増殖させるものとなった。

 上記座談会において、“中国の特色ある世界一流大学”を建設するために、「三つの基礎的な工作を断固として実施すること」を習近平は求めたが、その最初に提起されたのが「正しい政治的方向性を堅持した大学建設」であった(残りの二つは「高い素質を持った教師陣を建設すること」と「高水準な人材育成システムを形成すること」)。

 具体的には、「古今東西、すべての国家は自らの政治的要求に基づいて人材を育成し、世界一流の大学は皆自らの国家の発展に資する中で成長していくものである。わが国の社会主義教育はまさに社会主義の建設者と後継者を育成していかなければならない」と説明している。

 読者の皆さんはこの説明をどう咀嚼するだろうか。

大学は学問や教育の自由や独立性が
制度的に保証されるべき

 筆者が2012〜2014年に所属していたハーバード大学では、確かにアメリカ合衆国が国家として育んできた自由や民主主義といった価値観が重宝され、教師や学生たちも愛国的であった。日本の大学においても、例えば戦後日本が国家として育んできた平和主義や自由と民主主義の精神などが一種の支柱として扱われるのだろう。この意味で、国家と大学は切っても切り離せない関係であり、両者の関係には時代性という要素が色濃く反映されるのは古今東西共通しているのかもしれない。

 一方で、大学では学問や教育の自由や独立性が制度的に保証されるべきであり、政治や国家権力がそこに干渉してはならないというのも古今東西、普遍的な価値観であり、そうあるべきである。

 この意味で、昨秋の党大会から今春の全人代にかけてそれぞれ党規約と憲法に記載された「党政軍民学、党はすべてを領導する」という指導思想・方針の下、中国の教育現場、学問拠点が政治権力・機構と“一体化”し、キャンパス内の至る所に政治が浸透し、行政が干渉している現状は不安要素だと言わざるをえない。