このように、就業規則に「懲戒解雇の場合は原則として退職金を支給しない」と明記してあり、かつその内容が法律に違反していなくても、それが合理的かどうか明確に判断がつかない場合、裁判所は就業規則を読みかえてしまいます。

 「懲戒解雇の場合は原則として退職金を支給しない」という就業規則はあるけれども、この就業規則で定めているのは「長年の功労を抹消するような懲戒解雇の場合は退職金を支給しない」ということであり、質の悪い懲戒解雇の場合しかこの規定を適用することはできない、とするのです。

 つまり、この就業規則には複数の解釈の余地があるとして、就業規則を肯定も否定もせずに、ある事案に関して限定的に解釈するわけです。就業規則はブラックボックスに近く、それが通用するかどうかは、裁判所に行ってみるまでわからないこともあるのです。

労働者に有利な就業規則はずっと生き続ける

 裁判所は、労働者に不利となる就業規則については「別の解釈の余地もある」として限定解釈してくれますが、労働者に有利な規定については就業規則をそのまま適用します。たとえば会社が数字を書き間違えたとしか思えない規定など、あり得ないくらい労働者が優遇されている就業規則があるとしましょう。その場合、いくら「こんな就業規則は使っていない」「うっかりミスをしてしまった」と言い訳をしても、聞き入れてもらえません。そうした就業規則に気づいたら、労務トラブルのない平和なときに改定しておくべきでしょう。

 就業規則に「入社時に年次有給休暇とは別に有給特別休暇を5日付与する」と規定していたある会社で、労務トラブルが発生しました。その会社ではすでにその就業規則は実際に使われておらず、会社内の運用では有給特別休暇を付与せずに、そのかわり有給休暇を消化できるような協力体制を築いていました。ところがある社員が、入社初年度に有給特別休暇を5日もらえるはずなのに、もらっていないことを不服とする訴えを起こしたのです。

 普通に考えれば、みんなが運用している休暇制度をそのまま利用するほうが合理的でしょう。しかし裁判所はそれを認めませんでした。就業規則を変更していないのだから、就業規則を守らなくてはならないとしたのです。

 労働者に不利な規定に関しては限定的解釈をして労働者に甘い判断をするのに、労働者に有利な規定になったとたん就業規則は絶対だと言うわけですから、会社側としては不公平に感じるでしょう。

 しかし労働法が労働者を守るための法律である以上、それは仕方のないこととあきらめるしかありません。就業規則を改めて見直し、書き間違いはないか、労働者の勤務実態とずれている規定はないか、あまりにも労働者を優遇する規定はないか、チェックしましょう。それを合理的に書き直し、トラブルを防ぐことが大切です。

 


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