こうした状況を避けるためには、被後見人の預金残高を小さく保つことが有効らしいのだが、財産を移動する際に贈与税が発生しないか、生命保険に預金の資金を退避させてもそれを財産と見なされないかなど、将来の制度や司法・行政の判断の変更も含めて、筆者には判断しかねる心配が残る。

 なお、後見人は認知症を患った高齢者ばかりでなく、知的障害者にもつくことがある。知的障害を持った子どものために、子どもの名義の預金にお金を貯める親が少なくないが、この預金は実質的には親のお金であるにもかかわらず、“職業後見人”に狙われるリスクがある。要は、被後見人名義の預金にお金を集めると危険なのだが、子どもの将来に備えてお金を貯めているつもりの親は、このようなリスクを知るまい。

 加えて言うなら、世の中には、信頼できる若い親族が複数いるような恵まれた高齢者ばかりとは限らない。高齢化では、他の先進国の先を行くわが国なのだが、高齢者が安心して老いることができる仕組みは未だ十分整備されていない。

 職業後見人の報酬は仕事の内容に対して恐らく高すぎるし、算定方法を改める必要があるだろう。また、後見人が、被後見人が死ぬまでへばりついて離れない現行制度は改める必要がある。

 後見人の任期を数年ごとの更新制として、本人や親族の意思による交代請求を認めるべきだろうし、個々の後見人の仕事ぶりに対するユーザー側の評価が蓄積・公開されるべきだ。ウーバーの運転手でさえ評価される時代なのだから、それ以上に複雑・高価なサービスである後見が、無評価で被後見人が死ぬまで交代のあり得ないものであっていいはずがない。

 加えて、後見人制度について相談できる、職業後見人と利害関係のない中立な相談サービスや、さらに後見人の行動をモニターしつつ、過去のパフォーマンスを評価するチェックシステムが必要だろう。要は、ユーザー側の保護体制がまるでできていないのだ。

 どのような制度を設計したらいいのか、特にメカニズム・デザインの研究者には、知恵を絞っていただきたいと思う。

(経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員 山崎 元)