戻って生活するリスクと
直面する諸問題を丁寧に伝えよ

――では、避難している住民の方々に戻っていただく基準は、どう考えればよいのでしょうか?

 まず、最初に申し上げたいのは、どれほど除染作業に最善を尽くしても、政府と自治体は、「放射線と放射能のレベルが基準値以下になりましたので、安心して戻って頂いて結構です」という「保証」はできないということです。

 なぜなら、どれほど政府と自治体が除染作業に最善を尽くしても、住民の方々が地域に帰還されたあと、人々の不安心理を掻きたてる悩ましい問題が起こる可能性があるからです。

 例えば、容易に想定されることは、住民の方々の生活圏で「ホットスポット」が発見される可能性です。かねて申し上げているように、道路や公園などの「生活圏」の除染は、かなり徹底して行うことはできても、森や野原といった「生態系」の除染は、完全にはできないからです。従って、「生活圏」の除染をどれほど最善を尽くして行ったとしても、森や野原という「生態系」の汚染が、風や雨水などによって生活圏に移行し、偶発的に「ホットスポット」を形成してしまう可能性があるのです。

 そして、この「ホットスポット」は、たとえ、基準値よりかなり低い値であり、それによる住民の方々の被曝線量も十分に許容範囲内であったとしても、それが「想定外」の出来事の場合には、住民の方々の不安心理を掻きたててしまい、「社会心理的問題」さらには「社会心理的パニック」を引き起こしてしまう可能性があるのです。

 特に、この場面で起こり得る最悪の状況は、「政府や自治体は、除染をしたから大丈夫と言ったではないか」「こんな汚染が、まだ放置されていたのか」といった不信感が生まれることです。

――では、住民の方々が元の居住地域へ戻って生活を始めた後、そうした形で、政府や自治体への不信感が生まれないためには、どうすればよいのでしょうか?

 そのために最も大切なことは、「戻って生活することのリスクと諸問題」を、事前に、正確に、丁寧に伝えることです。それには、まず、その地域の放射線や放射能のレベルを、その変動範囲や誤差範囲も含めて、正確に住民の方々に伝え、そのレベルの放射線や放射能が、健康被害の観点から意味するものを、医学的仮説や学説を踏まえて、丁寧に伝えることです。

 例えば、「この地域の放射線や放射能の平均値は、このレベルですが、このレベルの地域で30年生活すると、現在の医学的仮説によれば、住民の方々の発癌死亡リスクは、これだけ上がります」ということを率直に伝えることです。そのとき、医学的仮説や学説が分かれる問題については、それぞれの学説についても丁寧に説明することです。

 また、これに加えて、先ほど述べた、「その地域で生活したときに起こり得る諸問題」についても、できるだけ厳しい問題を予め説明しておくことです。

 例えば、森林地帯から汚染が移行してくる可能性があること、近くの井戸水に汚染が発見される可能性がゼロではないことなどについても、誠実に伝えておくことです。

 繰り返しになりますが、こうした諸問題の可能性が予め知らされず、住民の方々が地域に戻った後、突然、そうした問題が生じたときには、最悪の社会心理的不安が生じ、政府や自治体への強い不信が生じてしまうでしょう。

 こうして、政府と自治体が住民の方々に「戻って生活することのリスクと諸問題」を出来るかぎり誠実に、そして、正確かつ丁寧に伝えた後、「戻るか、戻らないか」は、最終的には、それぞれの住民の方々の「自発的判断」であり、「自己責任的判断」になります。

 もとより、こうした形で、住民の方々に対して、正確かつ丁寧な説明をしても、「たとえ基準を下回っても、戻るのは不安だ」と考える方と、「多少基準を超えても、やはり住み慣れた故郷に戻りたい」と考える方がいるでしょう。

 最終的には、政府や自治体は、そうした住民一人ひとりの方々の「自発的判断」と「自己責任的判断」を尊重することになるでしょう。