残念ながら1年で降格するも、曹監督を慕う主力のほとんどが残留した2014年はJ2で異次元の強さを発揮。勝ち点101を獲得する独走劇でJ2を制し、翌2015年には「湘南スタイル」という合言葉とともに、縦にとことん速く、攻守両面で相手より常に人数をかけ、運動量でも凌駕する戦法で8位に躍進。悲願のJ1残留を、文字通り実力でもぎ取った。

 この頃から若手だけでなく、他チームで出場機会を失った中堅、ピークを過ぎたと思われていたベテランを再び輝かせる点でも、曹監督の育成手腕は注目されるようになる。同時に選手たちの躍動ぶりに比例するように、他チームからのオファーが届くようになる。

 前出した選手たちの大半に現所属チームがついている点でも、ベルマーレの選手たちが高く評価されてきたことが分かる。2014年オフには遠藤がレッズの、キャプテンの永木がアントラーズのオファーを断って契約を延長したが、それまでの努力が8位でのJ1残留という形で証明されると、次なるステージへ挑戦したくなるのが選手の偽らざる思いでもある。

 2015年オフには遠藤、永木、古林、守護神・秋元陽太(FC東京へ移籍するも2017年に復帰)が続々と移籍。迎えた2016年には無念のJ2降格を喫する。その中でも最も遅く移籍が決まった古林は、報告に訪れた席でメンバー全員を前にして号泣している。

「ウチで育った若い選手たちが成長して、当然ながらオファーがある。サッカー選手である以上はマーケットに出て、評価されたことはいいことだけど、オファーを出してきたクラブと対等に勝負できる、金銭的なオファーを我々が逆に出せない、という辛さを感じてきた。できれば続けてウチでやりたいと思う選手たちでも、結婚して家族ができて、あと何年サッカーができるか分からない中で、提示された金額を比べたら明らかに違う、と思うのは当然のこと。それを少しでも阻止するためにも、原資が必要だと強く思ってきた」

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金銭面のバックアップで経営も盤石に

 新天地へ旅立っていく選手たちが流した涙の意味を水谷社長は厳粛に受け止め、クラブとしての経営規模を拡大する、要は収入を増やさなければいけないと自らに言い聞かせてきた。そして、J1残留を果たした直後に「もっと選手が夢を持てるクラブにならないと」と、人目をはばかることなく号泣した眞壁会長は、その後のクラブの歩みをこんな言葉に凝縮させている。