審議の議論で扱うのは「何を選択するか」で、説得するための「適切さ」は、そのときの聴衆によって変わってくる。「ローマにいるときはローマ人と同じように振る舞え〔郷に入っては郷に従え〕」と言うが、ローマにいないときにローマ人と同じような振る舞いをすれば、面倒なことになるかもしれない。聴衆を説得できるか、聴衆にそっぽを向かれるかは、ディコーラムにかかっている。
アメリカの白人ラッパー、エミネムの半自伝的映画『エイト・マイル』のクライマックスシーンでは、相手に合わせる技術であるディコーラムの力が強調されている。デトロイトのダウンタウンにあるクラブで開催されるラップバトルに、エミネムも参加する。ラップバトルでは、ヒップホップのアーティストが代わる代わる相手を揶揄し、聴衆の拍手が多かったほうが勝者となる。
決勝戦では、エミネムが不機嫌そうな黒人の男性と対決することになった。エミネムはその場にふさわしい服装をしていた。スカルキャップに、サイズの大きいダボダボの服、そしてキラキラ光るアクセサリーをありったけつけていた。もしエミネムがケーリー・グラント〔20世紀のイギリスの俳優〕のような恰好をして現れたら、あなたや私の目には素敵に見えるだろうが、クラブの聴衆の目には、ひどく場違いに映ったことだろう。
だがこの場面では、服装はたいした問題ではなかった。エミネムは白人だが、ダンスクラブにいたほかの人たちは全員が黒人だったのである。だが、エミネムは相手のちょっとした秘密を暴露することで、なんとかこの相手を打ち負かした。「ギャングを気取っていやがるが、こいつは大学進学予備校に通ってたんだぜ!」この一言で、相手のヒップホップ・アーティストらしい振る舞いはすべて、そらぞらしいものとなってしまった。その振る舞いが実は偽物だと観客にわかってしまったからだ。口の悪いディコーラムの達人エミネムは、ライバルの黒人よりもずっと、ダンスクラブの人たちに馴染んでいたというわけだ。
服装で自己主張をしてはならない
ディコーラム(適切さ)は服装にも応用できる。聴衆があなたにこうあってほしいと思っている外見であること。迷ったときには、彼らと同じような服装をすればいい。聴衆の平均的な服装と同じような服装をしてみよう。職場では黒い服を着ている人が多いだろうか? それなら黒い服を着ればいい。自分と同じ地位の人よりもちょっといい服装をするのもいいだろう。ただし、あまりやりすぎないことが大切だ。