まずは、部長へのプレゼンだろう。このときは、会議室のテーブルの端に腰かけてたんたんと話し、「これがうまくいかなければ、うちの会社はだめでしょう」とか「予算面でのサポートが必須です」などと言ってみるのがいいかもしれない。
次は副社長へのプレゼンだ。今回も、率直な、飾らない言葉で語るといい。だが、テーブルの端に腰かけるのはいけない。きちんとテーブルについて副社長と目を合わせてから、スクリーンを見てリモコンのボタンを操作しよう。
COO(最高業務執行責任者)に向かって話すときは、一番いいスーツを着て、立って話すこと。COOがブラックベリーのメッセージをチェックしていたり、プレゼン資料を遅れてめくっていたりしていても、それに気づいていないかのように話すといい。
いずれの場面でも、その場にふさわしい振る舞い、つまりその部屋にいる人が語り手に期待しているような振る舞いをすることだ。これは必ずしも聞き手がしているのと同じ振る舞いをするという意味ではない。もし、プレゼンする人が先ほどのCOOのように無礼な態度をとったら、すぐに解雇通知を受け取ることになるだろう。
当然、政治の世界でも場に応じてルールを変える必要がある。いい政治家というのは、特定の聴衆の期待に沿うように言葉、振る舞い、服装まで変える。だが、政治の世界のディコーラムは、ビジネスにおけるディコーラムよりもはるかに巧妙だ。企業の幹部のプライベートライフは実際に個人的なものだが、政治家はプライベートでも政治家らしさを求められる。米国民は、大統領がホワイトハウス実習生と抱擁しあうことを期待してはいない。つい最近までは、離婚することさえ大統領としてはスキャンダラスとされた。
説得するときに重要なのは、語り手が語り手自身に誠実であるかどうかではない。聴衆の信念や期待こそが肝心なのだ。これまで述べてきたように、正しい理解に基づいてその場に馴染むことは、強みになる。けっして弱みではない。ディコーラムは、集団としてのアイデンティティを人々にもたらす。聴衆にあなたのことを仲間だと思わせれば、説得をめぐる戦いにおいては半分勝ったようなものだ。
執筆者、編集者、会社役員、コンサルタントとして30年以上にわたり出版業界に携わってきた。『THE RHETORIC 人生の武器としての伝える技術』が刊行されてからは、講師として世界中を飛び回り、「伝える技術」を教えている。現在はミドルベリー大学教授としてレトリックと演説の授業を担当。NASA、米国国防省、ウォルマート、サウスウエスト航空などでコンサルティングや講演もおこなっている。
訳:多賀谷正子