ところが、約束が破られたことを知って激怒した妻は、黄泉醜女《よもつしこめ》に後を追わせます。

 たちまち追いつかれそうになったイザナギが、髪を縛っていたつる草を醜女に投げつけると、つる草はみるみる山ぶどうの木に変わり、醜女がたわわに実った山ぶどうを食べている隙に、イザナギは現世を目指します。

 再び追いつかれそうになったため、イザナギが髪に刺していた櫛を投げつけたところ、櫛は筍に変わり、醜女が筍を食べている間に逃げた、とあります。

 よって文学史上、最初に登場する果物は山ぶどう、最初に登場する野菜は筍、というわけです。

 ちなみにこの後、黄泉の軍が追ってくるのをイザナギはさまざまな手段でかわし、命からがら逃げおおせるのですが、最後に追ってきた妻のイザナミが、「あなたの国(現世)の人たちを1日1000人殺す」と呪いをかければ、イザナギは「それなら私は1日1500人誕生させる」と宣言し、日本国では1日1000人の人間が死に、1500人の人間が誕生するようになった……というお話です。

竹子田楽
【材料】生筍…1本 ※掘って1時間以内ならそのまま、それ以上なら茹でてアク抜きしたものを使う(木の芽味噌→白味噌…大さじ2/酒…小さじ1/砂糖…小さじ1/みりん…小さじ1/木の芽…大さじ1/(田楽味噌)赤味噌…大さじ2/酒…小さじ1/砂糖…小さじ1/みりん…小さじ1/けしの実…少々
【作り方】①筍の皮を剥いて穂先を切り落とし、縦半分に切る。根の方は1cm幅の輪切りにし、十文字に隠し包丁を入れる。②木の芽味噌は白味噌、酒、砂糖、みりん、すりこぎで摺りつぶした木の芽をよく練り合わせる。田楽味噌は赤味噌、酒、みりん、砂糖をよく練り合わせ、けしの実をまぶす。③1の表面に2を塗り、オーブンで10分程度焼く。

目黒不動に軒を連ねた
孟宗竹の「筍飯屋」

 番犬に生肉ではありませんが、醜女が思わず使命を忘れて食らいついてしまうほど、古代から筍の味は格別だったのでしょう。

 ただし、現在我々が食べている筍は「孟宗竹《もうそうちく》」という種類で、中国から日本に渡ってきたのは江戸時代になってからのこと。

 琉球(沖縄県)を経由して薩摩(鹿児島県西部)に入り、北上したもので、それまでは淡竹《はちく》や真竹《まだけ》が食べられていました。

「孟宗竹」の名は、人名に由来します。

 中国の呉の時代、孟宗の母親が、病床で筍を欲します。

 季節は冬で、本来ならあきらめるところですが、孝行息子の孟宗は母の望みをかなえるべく、雪に覆われた竹林を懸命に掘り、見事に筍を掘り当てます。

 それ以来、季節に先駆けて最も早く芽を出すこの竹は、「孟宗竹」と呼ばれるようになった、という逸話です。

 江戸時代、三代将軍・徳川家光によって再興された目黒不動の門前には、孟宗竹を使った「筍飯屋」が軒を連ねていました。

 目黒と荏原一帯は筍の産地で、特に戸越の筍は有名でした。

 京橋の回船問屋であった山路次郎兵衛が、安永元年(1772年)に戸越村に別邸を構え、貧しい地元の農民のために、薩摩屋敷から孟宗竹の苗木を取り寄せて栽培したのが始まりと、小山村に残る「孟宗竹栽培記念碑」という石碑に記されています。

筍飯
【材料】ゆで筍…1本/米…3合/出汁…3カップ(500ml)/酒…大さじ1/醤油…大さじ1/塩…小さじ1/2/三つ葉…1束
【作り方】①ゆで筍は1mm幅のいちょう切りにし、洗米、出汁、酒、醤油、塩を加えて炊飯器で炊く。②炊きあがったらざく切りにした三つ葉を加え、蓋を締めて蒸らし、三つ葉がしんなりしたら混ぜ合わせる。