それは、「お客さまは、本当は、かばんの底は汚いと思っている」ということです。もしそうでなければ、「なぜ、そんなことをするのですか?」と聞くはずです。

私は、お客さまになっていただいた方々に、「どうしてお客さまになっていただけたんですか?」と必ずお聞きするようにしています。

すると「川田さん、うちに来たときにハンカチを敷いてかばんを置きましたよね。そのときに『この人なら……』と思ったんです」。そんなふうに言っていただけることが、たくさんあるのです。

営業かばんを、ハンカチの上に置く。この小さな工夫を始めてから、お客さまに「川田さんのお客さんになりたい」と言っていただく機会が増えたように思います。お客さまにとっても気持ち良く、自分自身も営業として一目置いていただけるならば、どちらにとっても嬉しいことなのではないでしょうか。

お客さまが必要としていない商品を売らない

営業をするうえで一番大切なものといえば、当然「商品」です。商品はお客さまの問題を解決したり、喜びを与えたり、満足していただけるものでなくてはいけません。でも、お客さまの満足を生み出すものは、商品だけではありません。

あるお客さまから、後輩の方をご紹介いただいたときのことです。

その後輩の方は、先輩からの紹介ということで、快く会ってくださいました。しかも、「今入っている保険も、もともとお付き合いで入ったものなので、内容もよくわかってないんですよね。だから、川田さんから入り直します。先輩の紹介でもありますし」。そう言って、私がご案内する前から、保険に加入される気も満々でした。

正直なところ、嬉しかったです。でも、まずはいろいろなお話をお聞きしました。家族構成、お子さんや奥さまの年齢、自分に何かあったときには、どんなお金と、どんな思いを残してあげたいのか、奥さまは働くことができるのか、会社はどのくらいの福利厚生を用意してくれているか、遺族年金は……。さまざまな角度からお話を伺いました。

「それでは、今ご加入の保険を見せていただけますか?」 

そう言って、その方に保険証券を見せてもらうと……驚きました。現在その方が置かれている状況と、加入している保険の内容が、ぴったりと一致していたのです。
つまり、ベストの提案は「そのまま」だったのです。

さて、こんなとき、あなたが営業ならどうしますか。ご契約いただけなければ、当然、自分の実績にはなりません。目の前のお客さまは、私から保険に加入する気でいます。お客さまは、保険の知識は、あまり持ち合わせていらっしゃいません。ただし、新しく保険に入り直せば、お客さまが損をすることを、自分はわかっています。

「みなさんの中にある保険の営業って、どんなイメージですか?」

私は講演で、よくそんな質問をします。「とにかくうまいこと言って、保険の入り直しを勧める。そんなイメージがある人は?」そう尋ねると、悲しいかな、ほとんどの方が手を挙げます。たいへん残念なことですが、それが、本書でお伝えしている、保険営業の「レベル10」(=期待の基準値)なんです。だからこそ、なおさら「レベル11」(=期待をほんの少し超える仕事)の対応をしなくてはいけません。

私はそのとき、こう言いました。

「◯◯さん、あなたにとって一番なのは、このまま今の保険を続けることです。入り直しは損になりますよ」

その後輩の方は「えっ?」と驚いています。私は続けて言いました。

「もし今後、あなたのニーズが変わっていないのに、この保険を見て入り直しを勧める営業がいたら、その人は、あなたのことを一番に考えていない人です」

その方は、ポカンとされていました。当然ですよね。自分から商品を買うと言っているのに、営業マンのほうから断るなんて、普通のパターンで考えればありえないことかもしれません。結局、その方から、新たに保険の加入をしていただくことはありませんでした。

あなたは、どう思いますか? 私は、保険の営業として、失格なのでしょうか?
私はそのとき、会社にも、自分にも、利益を生むことができませんでした。お客さまは加入する気だったのに、自ら断った。この商談は失敗だったのでしょうか?

いいえ、結果として、大成功だったのです。