なぜ、「突然変異」的な記録が出たのか?

 日本にはほかにも賞金を出す大食い大会があったが、この成功に味をしめたコービーは、プロをめざそうと思った。彼は早食い界のスーパーボウル「ネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権」に照準を合わせた。

 これは40年ほど前からニューヨーク市コニーアイランドで開催されている大会で――「ニューヨークタイムズ」などでは1916年に始まったと書かれているが、主催者は少々誇張があったことを認めている――民放テレビ局ESPNでいつも百万人以上の視聴者を集める一大イベントだ。

 ルールは簡単だ。出場者は12分間にできるだけたくさんのホットドッグ(正式に言うと「HDB」、つまりホットドッグ&バンズ)を食べる。終了のゴングが鳴った時点で口のなかにあるホットドッグは、最終的に呑み込めば合計に加算される。ただし、制限時間中に口に入れたホットドッグを吐き出したら――この競技では「運命の逆転」と呼ばれる――失格となる。

 ケチャップやらピクルスやらの薬味をかけるのは自由だが、本気の出場者は誰もそんなしちめんどくさいことはしない。飲みものは種類や量を問わず何でもオーケーだ。コービーがこの大会に出ると決めた2001年当時の世界記録は、驚くなかれ、12分間で25と8分の1本のホットドッグだった。

 コービーは日本の自宅で一人練習に励んだ。日本では大会で使われるようなソーセージがなかなか手に入らなかったから、代わりに魚肉ソーセージを使い、食パンをスライスしてホットドッグパンの代わりにした。こうして彼は何ヵ月も人知れず特訓を重ねてから、人知れずコニーアイランドに到着した。

 前年度は上位3位を日本人が独占し、新井「ラビット」和響が世界記録を塗りかえていたが、新人のコービーはまったくのノーマークで、参加資格のない高校生とまちがわれそうになったほどだ。ある出場者が小馬鹿にしたように言った。「何だその足、俺の腕より細いじゃねえか!」

 では結果はどうだったか? 初めて出たコニーアイランド大会で、コービーは圧勝して世界記録を更新した。何本ホットドッグを平らげたと思う? それまでの記録は、25と8分の1本だったから、普通に考えれば27~28本が妥当だろう。これでもそれまでの記録より1割も多い。どんなに強気な予想でも、2割増しの30本ちょいってとこだろう。

 でもコービーが食べたのは50本だった。

 50本!ってことは、毎分4本以上のソーセージとパンを12分間食べ続けたことになる。きゃしゃな23歳のコービーこと小林尊(たける)は、世界記録を倍に伸ばしたのだ。