こんな風潮が広まってしまった原因は、褒めて育てる教育や子育ての問題にある。

「褒めて育てる」というアメリカの教育方針の発想が日本に取り入れられるようになったのは1990年代であり、以降、一気に広まった。そのため、親は子どもを褒めるのが良いことだと信じ込んでしまい、子どもを褒めまくるようになった。

 その勢いは教育界にも飛び火し、先生が生徒を叱ると、保護者から「ウチの子が先生からきついことを言われて傷ついています。褒めて育てる時代なのに、どうしてくれるんですか!」とクレームをつけてくる。そんな時代だからこそ、先生たちも必要以上に褒めなくてはならなくなった。

 こうして褒めまくられて育った若者が社会に出てくるようになったわけだ。

 Aさんのように、社員の褒め方に悩む経営者や管理職は意外にも多い。彼らにこのような説明をすると、こんな素朴な疑問を突きつけられたりすることがある。

「同じように褒めても、なぜアメリカ人はあんなタフになって、日本人はこんなにヤワになるんですか?」

 端的に言うと、理由は文化の違いだ。欧米社会では、親は絶対的な権力者であり、子どもは逆らうことができない。学校も非常に厳しくて、小学校1年生から留年が当たり前。言うことを聞かない者、実力のない者を容赦なく切り捨てる。その代わりに褒める。褒めても義務を果たさない、力を発揮しないなら、即切り捨てる。これは会社でも同様である。

 そんな厳しい環境で育つ欧米人と、温情で切り捨てない社会で育つ日本人とでは褒めることの意味が全く違う。そういった文化的背景を考慮しないまま、日本の教育界が褒めて育てる方向に舵を切ったために、こういう状況を招いたのである。

褒めながら改善すべき点を
どのように促していけばいいか

 企業としては、そのように育ってきた若者を使わなければならないのだから、学校と同様に、「褒めて育てる」路線を踏襲せざるを得ない。とはいえ、仕事上で問題が起こりそうな短所を改善してもらわないと困るだろう。

 そこで考えなければならないのは、褒めながらも必要な注意をどのように促していくかということである。

 以前、三重県にある褒めまくりの自動車教習所が話題になった。何でも褒めまくる。ミスをしても、上手くフォローして褒め、良い気分にさせる。教官も思い切りの笑顔で応対する。教習生は気分良く資格を取って卒業していく。

 そこの教習所は免許を取らせて送り出すまでの数ヵ月間だけ面倒を見ればいいし、お金をもらう教習生相手なのだから、その方法もありだろう。でも、企業がその教習所の姿勢に学ぼうといった感じで紹介されているのはいかがなものか。