1月、米バイオ企業のアドバンスド・セル・テクノロジー社があらゆる細胞に変化できるES細胞(胚性幹細胞)から作製した網膜細胞を加齢黄斑変性症で失明しかかった高齢女性2人に移植し、視力を回復させることに成功したとのニュースが大々的に報道された。それもそのはず、ES細胞を使った治療が効果を上げたとの報告は、世界初のことだったのである。

 ES細胞やiPS細胞(人工多能性幹細胞)を使った再生医療の研究成果は「夢の治療」として、一般メディアに取り上げられる機会が多く、ついすでに実用化された治療法のように思いがち。しかし現実の成果は研究室内にとどまり、一般臨床で応用されるのはしばらく先のことだと見なされていた。しかし、先月の報道でこの予想が払拭されたのだ。

 成功要因は二つ。まず、ES細胞による再生医療で必ず問題になる“拒絶反応”を比較的起こしにくい「眼」という組織が対象であること、二つ目はES細胞から分化させた網膜色素上皮細胞を外来で注入するだけの単純な方法であることだ。複雑な手順が余計なリスクとコストを伴うのはどの領域でも同じ。合理的なターゲット組織と方法を選択した同社の戦略勝ちといったところだろう。もう一つの課題である「がん化」リスクについては、長期的な観察が必要であり、今後の報告を待つ。同社は昨年秋、英国で同じ内容の臨床試験を開始。欧州で初めて認可されたES細胞試験であり、ES細胞による再生医療はようやく実用化のメドが立ったといえる。