ボッティチェッリの『春』を読み解く

木村泰司(きむら・たいじ)
西洋美術史家
1966年生まれ。カリフォルニア大学バークレー校で美術史学士号を取得後、ロンドンのサザビーズ美術教養講座にて、Works of Art修了。エンターテインメントとしての西洋美術史を目指し、講演会やセミナー、執筆、メディア出演などで活躍。その軽妙な語り口で多くのファンを魅了している。『名画の読み方』『世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」』(ダイヤモンド社)、『人騒がせな名画たち』(マガジンハウス)ほか著書多数。

 イタリア・フィレンツェにあるウフィツィ美術館が誇る至宝、ボッティチェッリの「プリマヴェーラ(春)」も、メディチ家の邸宅や別荘に掛かっていた寓意画のひとつです。ここにはウェヌスやメルクリウス、フローラやクピドといった古代の神々が描かれています。

 しかし、これは古典文学(神話)の一場面を描いているわけではありません。寓意画らしく人文主義的教養がないと解釈できない内容になっています。もちろん、その解釈は人によってまちまちで、それが寓意画の魅力であり面白さでもあるのです。

【名画の読み方】ウフィツィ美術館の至宝、ボッティチェッリの『春』を読み解く<br />サンドロ・ボッティチェッリ『プリマベーラ(春)』1482年頃、203×314cm、ウフィツィ美術館

 画面右手に描かれているのは、右からゼフュロス、クロリス、そしてフローラです。古代ローマの詩人オウィディウスの『祭暦』では、西風の神ゼフュロスが大地の妖精クロリスを無理やり自分の花嫁にした結果、クロリスを花の女神フローラに変身させたとあり、ここではゼフュロスが逃れようとするクロリスを抱きしめたときに、クロリスの口から花が溢れ出てフローラに変身した場面が描かれています。「西風=春風」のため、タイトルも「春」となったのです。

 中央の女性は、神話画のウェヌスと見なされています。ウェヌスのアトリビュート(持物)のひとつである、常緑灌木で永遠の愛を表すギンバイカが描かれていますし、空中には弓矢と矢筒を携え、「愛は盲目」とばかりに目隠しをされた息子のクピドが描かれているからです。

 そのウェヌスの右手とクピドの矢が指すのは三美神で、その左にはアトリビュートである伝令の杖を持ったメルクリウスが、その杖で雲を払いのけています。この構図にはいろいろな解釈がありますが、ゼフュロスとフローラらが「世俗的な愛」を表すのなら、ウェヌスとクピドが指す三美神は「神の愛」を表し、ユピテルの使者であるメルクリウスが「人間の愛なんてまだこの程度」と、人間と天上の愛を比べていると解釈することもできます。

 拙著『名画の読み方』では、このように絵画を読み解くための知識をジャンル別に解説しました。展覧会などをより深く楽しみたい方などは、ぜひ参考にしていただけますと幸いです。