美術史の本としては異例となる5万部を突破した『世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」』の著者であり、新刊『名画の読み方』や『人騒がせな名画たち』も好評を博している木村泰司氏。本連載では、新刊『名画の読み方』の中から、展覧会の見方が変わる絵画鑑賞の基礎知識を紹介してもらう。今回は、有名作品であるボッティチェッリの『春』から、寓意画とは何か、そしてその読み解き方を解説してもらった。
知的エリートたちだけが読み解ける
「寓意画」の誕生
15世紀末になると、ルネサンス発祥の地であるイタリアでは、神話画と共に「寓意画」と呼ばれる絵画が発展していきました。寓意画は、歴史画でありながら神話や聖書の物語は題材となっていません。美徳、運命、戦争と平和といった抽象的な概念を、神話や聖書の登場人物を使って絵で表現したものです。
そのため、神話や聖書の知識など、人文主義的教養がないと描かれている観念(内容)が理解できません。教養を持った鑑賞者だけが読み取ることができる、ある種の「奥深さ」と「難解さ」が伴うのが寓意画なのです。これが歴史画の中で寓意画が最も格が高いと見なされる理由です。
注文主となったのも、人文主義的な教養を身につけていたメディチ家の人々や、ルネサンス時代の才女ナンバーワンであるマントヴァ侯妃イザベラ・デステといった人たちであり、知的エリートのために描かれたものでした。したがって、当時の市井の人々が見たとしても、現代のわれわれと同様に、何が描かれているのかわからなかったことでしょう。