この基地返還・米海兵隊員海外移転と代替施設の整備の関係性が「くせもの」で、本件の根幹部分に横たわってきたわけであるが、ご都合主義的に解釈・説明されることが多かった。

 それがために「問題の本質」がどんどん分かりにくくなり、一般国民、特に沖縄県民の間には誤解が誤解を生んで事態を複雑化させていってしまったように思われる。

 そこで、以下、直近の関連の公文書を参照しつつ、時系列的にことの本質について整理・考察してみたい。

 本件は、当然のことながら、昨日今日始まった話ではなく息の長い話である。移転等の具体的な工程が正式に決まった、平成18年5月1日の「再編実施のための日米のロードマップ」(以下、「ロードマップ」という)からひもといていくこととしたい。

ロードマップが決定したのは
小泉政権下

 ロードマップが決定したのは小泉政権下で、日本側の担当者は麻生外務大臣および額賀防衛庁長官、米国側はライス国務長官およびラムズフェルド国防長官(いずれも当時)である。

 この段階で既に「普天間飛行場代替施設」が「辺野古岬とこれに隣接する大浦湾と辺野古湾の水域を結ぶ形で設置」され、工法は埋め立てによることとされている(過去には沖縄県外も検討の対象とされていたようであるが、本稿の関心は代替施設の整備・運用開始と在沖縄の米海兵隊員の海外移転の関係性であり、なぜ辺野古となったのかについては立ち入らない)。

 一方、この段階では「辺野古が唯一の~」といった表現は見当たらず、「この施設は、合意された運用上の能力を確保するとともに、安全性、騒音及び環境への影響という問題に対処するものである」という記載が見られるだけである(英文でも “This facility ensures agreed operational capabilities while addressing issues of safety, noise, and environmental impacts.” とされ、ある種非常にドライな表現になっている)。

 また、「普天間飛行場代替施設への移設は、同施設が完全に運用上の能力を備えた時に実施される」とされ、同時に、「米国政府は、この施設から戦闘機を運用する計画を有していない」とされている。