この流れ、および昨今の情勢や世論を考慮するとき、来年6月に予定されている習近平国家主席の訪日時に「第5の政治文書」の署名に向けて検討と調整がなされる可能性はある。

 それ自体は前向きな動きであり、日中間の政治的関係を安定させ、多角的な民間交流、そして斬新的な日中共同の国際貢献に向けての礎となるものと筆者は考える。

 一方で留意したいのが同文書をどういう立場で、どういう論調のものに仕上げるかという点である。今回安倍首相は随所で日中関係の“新しさ”を強調した。

 例えば、習近平主席との会談で、安倍首相は日中両国・関係が(1)競争から協調に、(2)互いに脅威とならず、(3)自由で公正な貿易体制の進化発展を推し進めるという“3原則”を示した上で「新たな時代を習主席と共に切り開いていきたい」と主張した。

 筆者が想像するに、この言葉を聞いた習近平は内心ほくそ笑み、「してやったり」という思いを抱いたであろう。“新時代”とは、自身が国内政治において提唱し、党規約や憲法にまで書き込んだ概念にほかならないからだ。

“習近平新時代中国特色社会主義思想”――。

 習近平政権の指導思想である。中国の軍事や役人、学者たちは毎回口にするには長すぎるこの言葉を省略して“習近平思想”と呼ぶ。

 習近平からすれば、仮に“新時代”という言葉を「日中第5政治文書」に組み込むことができれば、それを自らの外交成果とみなし、宣伝し、国内のあらゆる勢力に対してアピールすることができる。

 日本の安倍首相が“新時代”に同調してきた、内政が新時代に入った中、外交も新時代に入っていくのだと。“一帯一路”や“人類運命共同体”といった習近平政権を象徴する概念も盛り込もうとするだろう。

 筆者はここでそういう状況の良しあしについて価値判断するつもりは毛頭ない。ただ、内政に忠実で、他国以上に外交を内政の延長だとみなし行動する傾向のある中国側は、おそらくそういう立場で、そういう論調で日本側との交渉に当たってくるであろうこと、日本側もそれを前提に中国側と向き合い、日本の長期的かつ開かれた国益に符合する、アジア太平洋地域の安定と繁栄に資する日中関係のあり方を模索すべきだということを指摘したいだけである。