しかし、もし山崎さんが、これから、ビジネスパーソンとして成長していこうと思うならば、自分の中に、「別の人格」を育てていかなければなりません。

なぜなら、例えば、新人が配属になり、その教育を任されたときには、山崎さんの中から「教育者人格」とでも呼ぶべきものが現れてこなければならないからです。
また、山崎さんが、経理課長に昇職したときには、自分の中から「マネジャー人格」が現れてこなければならないからです。

すなわち、現在の山崎さんが「経理担当者」として、どれほど優秀であっても、これから自分の中に、「教育者人格」や「マネジャー人格」を育てていかないかぎり、今後、ビジネスパーソンとして成長できず、活躍することもできないのです。

経営者は、必ず、幾つもの「顔」を使い分けている

こう述べると、あなたは、少し驚かれるかもしれませんが、実は、一つの企業や組織で昇職していく人間は、立場が変わるにつれ、必ず、新たな立場で求められる「様々な人格」を身につけていきます。その象徴的な例を紹介しましょう。

私は、30歳で、ある大手企業に就職し、実社会でのキャリアをスタートしましたが、この企業への入社を誘ってくれたのは、当時、この会社の取締役を務めていたA氏でした。
そして、有り難いことに、このA氏とは深いご縁を頂き、それから何年にもわたり、薫陶を受けました。

実際、このA氏は、「戦略思考のプロフェッショナル」とでも呼ぶべき人物であり、現在、私が身につけている実践的な戦略思考は、このA氏を「師匠」として私淑し、実学で学んだものです。
しかし、このA氏、ビジネススクール出身などではありません。もともとは、大学院で研究者の道を歩み、理学博士号を取得して、この会社に入社した人物であり、入社した後は、中央研究所の研究員としてキャリアをスタートさせた人でした。

けれども、その研究所では、室長になった時期から、「研究者人格」だけでなく、「リーダー人格」や「マネジャー人格」を身につけました。
そして、さらに、何年か後、社長から指名され、本社での新事業の事業部長になってからは「起業家人格」を身につけ、その後、常務になった時期からは「戦略家人格」、さらに、専務になった頃からは、堂々たる「経営者人格」を身につけ、最後は、副社長を経て、この企業の社長になりました。
このA氏の例は、決して、特殊な例ではありません。

企業の大小を問わず、そもそもジェネラル・マネジメントや経営という仕事そのものが、「様々な人格」が求められる仕事だからです。

例えば、全社員を集めた朝礼では、社員に対して、企業としての理念を語り、人としての生き方を語る「思想家人格」が現れ、午前中の経営会議においては、売上目標達成のために幹部を叱責する「現実主義者人格」が現れ、若手社員との昼食会では、優しく温かい「親父人格」が現れ、午後の戦略会議では卓抜な戦略を語る「戦略家人格」が現れる。
そのように、場面と状況によって「様々な人格」を使い分ける経営者は、決して珍しくありません。
むしろ、経営者は、誰もが、無意識に「色々な人格」を使い分けて仕事をしています。