そんな11月に突然発生したのが、ロシア連邦保安局によるアゾフ海でのウクライナ海軍小型船の拿捕だった。ウクライナとロシアは2003年にケルチ海峡とアゾフ海周辺の海域を共有することで合意していたが、2014年のウクライナ政変後にロシアはケルチ海峡に全長18kmに及ぶ橋を建設することを発表。翌年には工事がスタートし、今年5月に橋が開通したことによって、両国間の領海問題は鮮明に。一触即発の状態が半年にわたって続いていたのだ。

 2013年にキエフで開局したニュース専門のインターネットテレビ「フロマドスケ」で代表を務めるナタリヤ・グメニューク氏は、11月というタイミングでロシア側が動いた背景にはウクライナ社会を動揺させる狙いがあったのではないかと指摘。同時に、ウクライナ海軍の船をいつでも拿捕できる状態にあったロシア側が、最も効果的なタイミングと考えたのが先月であったという見解を示した。

「アゾフ海でウクライナ海軍の船が拿捕され、現在も乗組員全員がロシア側に拘束されていますが、これは起こるべくして起こった事件と言えるでしょう。アゾフ海周辺でのウクライナの経済活動や軍によるパトロールを徐々に困難にさせ、ウクライナ軍への直接的な行動に出るタイミングを狙っていたのです。ロシアによるクリミア併合が第2段階に入ったとも言えるでしょう」

 ウクライナとロシアの対立では、ウクライナ東部で現在も続くウクライナ軍と「親ロシア派民兵(実際には現役のロシア軍部隊が加わっているケースが少なくないとされる)」との戦闘に注目が集まってきた。しかし、クリミア併合後に発生した事実上の海上封鎖によって、ウクライナは経済面でも大きなダメージを受けている。ロンドンにある英王立国際問題研究所でリサーチフェローとして、ウクライナとロシアの政治について研究するオリシア・ルトセヴィッチ氏は、クリミア併合はウクライナの領海の併合も意味し、地元の漁業や海運業だけではなく、石油や天然ガスの取引にも影響が出ていると語る。

「ロシアのクリミア併合後、アゾフ海に位置する港湾都市マリウポリとベルジャンシクでは、現在までに貨物取引量が約30%も落ち込んでいます。地元の漁業はこの4年で漁獲高が50%減少しています。(ロシアが2016年に着工を開始し、今年5月に道路部分が開通した)ケルチ海峡大橋は高さに制限があり、大型の貨物船は橋の通過が事実上不可能になりました」

1994年のブダペスト覚書の存在
ウクライナの主権を守れなかった国際社会

 ウクライナの安全保障を考える際に忘れてはならないのが、1994年にウクライナが米英露との間で交わした「ブダペスト覚書」の存在だ。1991年のソ連崩壊時、ウクライナは世界第3位の核保有国で、国内には約5000発の核弾頭があった。しかし、第三国への売却を含む核の拡散を懸念したアメリカを中心とする核保有国は、ウクライナに対し、全ての核弾頭を廃棄するよう要求。その見返りとして、ウクライナの主権や領土の尊重と、非常時における防衛面での協力を約束した。