移ろうヨコハマの中心

左/新市庁舎とタワマンは「馬車道」駅直結に。右/巨大ホテル近くには港ヨコハマを見つめてきた日本郵船歴史博物館がある

 ここ数年、首都圏人気の街ランキングで吉祥寺や恵比寿と首位を競う横浜だが、東京の2つの街には中心となる駅があるのに対して、横浜の場合はその点が曖昧である。JR・相鉄・東急・京急・地下鉄が集まる「横浜」駅が必ずしもイメージされているわけでもない。

 では、横浜の中心はどこなのか。ハマっ子に尋ねると、現在の市役所や横浜スタジアムのあるJR根岸線・地下鉄「関内」駅周辺が思い浮かぶようだ。商店街でいえば伊勢佐木町なのだが、ここがかつてのにぎわいを失って久しい。

 横浜は埋め立てによって発展してきた街だ。大岡川が流れ込む入海が江戸時代に新田開発されて陸地化、1859(安政6)年の開港後、外国人居留地である関内と関外との境は現在のJR根岸線と並行して走る首都高速神奈川1号横羽線付近で区切られていた。

 戦後は長らく米軍施設が臨海部中心に残ったこともあり、横浜の開発は遅れた。大きく動くのは、飛鳥田一雄市長時代の昭和40年代に入ってからである。1965(昭和40)年に提案された横浜市六大事業の1つ、都心部強化の対象として、臨海部に残る三菱重工業横浜造船所などの再開発により、「横浜」と「関内」に分断された都心部が一体化したことが大きい。83年に造船所の移転が完了し、跡地で「横浜みなとみらい21(MM21)」事業が始まる。89年に横浜博覧会が開かれ、93年には70階建て・高さ296.33mの「横浜ランドマークタワー」が開業している。

 現在では、タワマンが立ち並ぶ「みなとみらい」(西区)アドレスは、約4300世帯・9000人ほどが暮らす人気の住宅地に育った。

 2004年2月、東急東横線と乗り入れる形でみなとみらい線が開業した。4.1kmの路線は横浜都心部を繋いでおり、市役所の移転によって「馬車道」駅最寄りの北仲通地区がヨコハマの中心になろうとしている。

 思い起こせば、1872(明治5)年に開業した日本初の鉄道路線が「新橋」から向かった「横浜」とは現在の「桜木町」駅である。関内から横浜、MM21エリアへと、ヨコハマの中心は時代によって移ろってきたが、2020年からは大岡川河口付近に落ち着くことになりそうだ。

ヨコハマの原風景に酔う

野毛に向かう手前の「桜木町ぴおシティ」地下2階はセンベロ天国

 いまやすっかりヨコハマの中心商業・住宅地域となっているMM21が折り目正しい新開地とすれば、JRの線路の向こう側には猥雑なヨコハマの原風景がいまだに残っている。

大岡川に面した都橋商店街にはスナック風の看板が並ぶ

 JR根岸線から地下に降りて、市営地下鉄「桜木町」駅のあるビルが「桜木町ぴおシティ」だ。地下2階は飲食店街で、なんといっても安い。大瓶が400円である。店によって銘柄を分担しているようだが、一番にぎわっていたのは赤星(サッポロラガービール)の店だった。おつまみはギンナン100円からのおとなの駄菓子屋である。入り口近くにある店の「10分あれば一杯飲めますよ!」という刹那的な誘い文句も、酒飲みの心には沁みる。

 ここの地下でウォーミングアップを済ませたら、階段の先には歓楽街「ハマの野毛」が待ちうけている。例えば、大岡川沿いにカーブする2階建ての「都橋商店街」には飲食店がぎっしりと詰まっている。ここは前回東京五輪の年に開業したという歴史ある建造物だ。

 他にもここでは詳らかにできない魅惑的なお店にあふれているノゲにはまったら、もうあなたも夜のハマっ子だ。もはやヨコハマから抜け出すことは難しいのかもしれない。

(ダイヤモンド・セレクト編集部)