駅伝のルーツは「神事」
コースにも神道的思想が

「駅伝チームは、すべての参加者が自分の役割を果たして勝利を得る。つまり、全員がチームのために一丸となって闘わなくてはいけない。それが当時の日本人の精神と合致し、少しずつ駅伝の知名度が上がり、マラソンを凌ぐほどの人気を博すようになったのだった」(同書、第4章「和をもって駅伝となす」より)

 これには納得だと深く頷く方も多いことだろう。筆者もまったく同意である。

 確かに、「たすきをつなぐためぶっ倒れるまで走る姿に涙腺崩壊」というのは、「炎天下で肩を壊してまで速球を投げる高校球児の姿に感動をありがとう」にも通じるものがあり、そこには日本人が愛してやまぬ「集団主義」が大きく関係しているのは間違いないだろう。

 ただ、「チーム」を尊重するカルチャーは日本だけのものではない。ならば、マラソンという個人競技は世界中で普及しているのだから、そのリレー版である駅伝だってもっと受け入れられていいはずである。しかし、現実にそうなっていないということは、よその国の人にはいまいちピンとこないものの、日本人だけにグッとくる要素が、駅伝に秘められていると考えるべきだ。

 それはなにか。個人的には、「駅伝」というものが競技スポーツというより、日本古来の「神事」、あるいは「祭事」に近いものだからではないかと思っている。

「おいおい、年の初めからヤベエやつの記事読んじゃったよ」と閉じそうになっている方も多いかもしれないが、駅伝という競技の成り立ちを知れば、そこまで荒唐無稽な話ではないということがわかっていただけるはずだ。

「駅伝」を世に生み出したのは今年のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺」のモデルとなっている金栗四三氏だというのはあまりに有名な話だ。

 自身がストックホルム五輪で途中棄権してしまった苦い経験をもとに、世界に通用をするマラソン選手の育成に乗り出した金栗氏は、リレーレースで選手を鍛えるのが一番いいとして、この競技を考案した。ではなぜそれが「マラソンリレー」とかではなく、「駅伝」と名付けられたのか。ご本人はこのように述べている。

「そのころ長距離リレーになんとか名前をつけようということになり、武田千代三郎という伊勢神宮に関係のある皇學館長が駅伝という古式ゆかしい名前を編み出したと思う。そして大正九年の第一回から駅伝を始めたわけだ」(読売新聞1953年12月23日)

 つまり駅伝とは、その成り立ちから神道の影響を受けた競技と言えるのだ。そんなの昔のことでしょと思うかもしれないが、そのような神道的な思想はコースにもちゃんとあらわれている。