デザインの造形の美しさは、手段か目的か?

山口 デザイナーの方の中には、手を動かしてデザインをする職能の完成度やセンス、その腕を磨くことに関心が高い方が多いですけど、そこだけでは戦えないと思われたきっかけが、深津さんにはあったのでしょうか。

深津 自分の場合は、テクノロジーで生活や文化がどう変わるかという興味がスタート地点なので、造形の美しさや新しさは「手段」という意識が強いんです。あくまで僕にとっては、という話ですけど。たとえば、目的を達成するためにほかの手段が最適なのであれば、今回は美しくなくてもいい、という選択に正しさを感じます。けれどデザイン業界の大半の人は「物を作るのが好き」という人が多いんです、これは良し悪しではなくて。そういう人たちにとっては、造形の良さや突き詰めは、手段ではなく「目的」になるし、ときどきクライアントと利益が相反することもある。だから造形の美しさを追求する場合に理想的な仕事の仕方は、問題解決型よりも、お金だけもらって好きにさせてもらえるパトロン型だと思います。

インタラクション・デザイナー深津貴之さんに聞くキャリア構築「全財産を溶かす経験を100万円でできるのは20代の特権」「良いデザイン」の答えは、美しさやセンスとは別次元、と山口さん

山口 すごくわかります。僕も化粧品のコンサルティング案件をやっていると、「良いパッケージデザイン」の答えは、美しさやセンスとは別次元で、そのブランドの目指すイメージ、顧客層の設定、価格帯なりの期待によってまったく違うんだなと調査によって実感しますから。ビジネスとして商品が売れて成果の出るデザインと、デザイナーの方の美的センスの追求は、必ずしも一致しないケースが多いと感じます。

深津 あとは、実家が商売をやっていた影響も大きいと思います。酒屋からコンビニに転じたのですが、美しいものが売れるわけじゃないことも、物が売れないこと自体のしんどさも見てきたので。

山口 なるほど。モノを売るしんどさは、ご自身の原体験としてリアリティがあるんですね。

深津 そうですね。美しさを優先した結果、プロジェクトが死んで、担当者が左遷というのはよくないですよね。

山口 そういうビジネスの目線をもっているデザイナーは、デザイナー全体の何割ぐらいいらっしゃるんですかね。

深津 わかりません。デザイナーでも経営者側の人はそういう視点を多かれ少なかれ持っているでしょうね。でも、フリーランスや社員の段階でそれを持つには、自分が作ったものを売って赤字になった経験が必要ですから、そう多くないんじゃないですか。やっぱり他人のお金で物を作った経験しかない人にとって、デザインは一番美しいものを作ることがメインになってしまうと思います。デザイン業界界隈では、儲けることに対して罪悪感や魂を売ったという雰囲気もありますから。

山口 逆に、造形の美しさのアウトプットの価値だけで突き抜けているような、センス一本で勝負できる腕をもった人はごく一握りということですよね。私が昔一緒にお仕事させていただいたクライアントのメーカーのデザイナーさんは、自分のデザインの説明もままならないほど言語化は上手ではなかったのですが、成果物の造形の美しさが群を抜いていて、説明不要でも評価を得られる凄みがありました。でも、そのレベルの人は1%いないと感じます。

深津 「これでいいと思うんですよね」とプロダクトを見せられて、みんなが納得する天才レベルの人はごくごく一部です。たいてい、そういうデザイナーの一番メジャーな製造戦略は、先ほど申し上げたパトロン型です。広告代理店のクリエイティブディレクターやアートディレクター、大企業のマーケターなどに気に入られて、頻繁に起用されることで生きていける。それができれば、スキルと経済性が安定しますが、パトロンに出会えなかった人はあくまで「スキルがすごい人」で終わります。ただし、それも本人はめちゃめちゃ幸せだと思うんですよね。その人にとっては、経済的価値より造形の美しさが優先であって、その造形の世界で頂点に近い才能と見なされているわけですから。

山口 そういう造形の才能って、たとえば25歳ぐらいまでに決まってしまうものですか。35歳で突然天才になる人ってあまりいない印象ですけど。

深津 20代でだいたい勝負がついている気がしますけどもね。後から伸びる人って少ないです。僕には造形の世界は正直よくわかりませんけど、勝手なイメージでいえば、天才は呼吸をするように信じられない量の造形を作ったり落書きしたりしているから、そもそもアウトプットの生産量で後からでは追いつけないと思います。(後編につづく)