しかし、それでも人体の複雑性や人間の個体差に機械がどこまで対応できるのか、素人の私には予想できません。さらに、患者の意思や思いなど数字で表せない部分が機械に代替できるとも思えません。医療が「患者─医師」の信頼関係に根差していることを考えると、『スター・ウォーズ』のように医療の全てが機械に取って代わることはないように思えるのですが、それは私に想像力が足りないためでしょうか。

介護現場でのロボット導入は
どこまで可能か

 では、介護はどうでしょうか。日常生活を支援する介護は医療以上に個人差が大きく、同じ病気や要介護度の区分だったとしても、生活歴や趣向、生活環境などに応じてケアの内容は変わります。

 このため、介護のように「非定型的な労働」は医療以上に自動化が困難と思われるのですが、AIやロボットが人間並みの学習能力や認識能力を備えれば、介護分野にも導入できるかもしれません。

 介護ロボットに近い描写は、2013年に日本で公開された『素敵な相棒』という米国映画に見られます。この映画では、リタイアした偏屈な父親フランク(フランク・ランジェラ)の健康改善と日常生活支援のため、息子が「VGC—60L」というロボットを購入する場面から始まります。

 フランクは当初、健康データの改善に口うるさいロボットを嫌っていたのですが、対話能力に長けたロボットと打ち解けるようになります。結局、さまざまなドタバタの末、エンディングでフランクが介護施設に入居すると、そこでは同じタイプのロボットが入居者とともに行動しつつ、食事などの生活援助に当たっている設定になっています。

 しかし、ここで悩ましい問題に直面する可能性があります。今、私たちの生活を支えている機械が「権利」「尊厳」を持っていると考える人は少ないかもしれませんが、人間を介護できるほど高度なロボットが誕生し、そのロボットたちが人格(!?)や自我を持ち始めた場合、どこまで権利や尊厳を考慮しなければならないのでしょうか。

 例えば、スピルバーグが2001年に製作した『A. I.』という映画では、不要となったロボットを破壊するショーのシーンがあります。その際、処刑台に立った主人公のロボット、デイビッド(ハーレイ・ジョエル・オスメント)を指さしつつ、司会の男が「どんなに芝居を見せようと、たかが人工の作り物なのだ!」とアジったところ、観衆があまりに精巧な作り、しかも愛らしいデイビッドの外見を見て、「まだ子どもだ!」などと処刑に反対しています。