現実化し始めた
「完璧な人間」の創造

 豪華キャストの割に、筆舌に尽くし難い荒唐無稽、支離滅裂なストーリーはDVDでご確認いただく(ただしマジメに見ないでください)として、遺伝子操作を通じて「完璧な人間」を作る問題点はいくつか考えられます。

 まず、先天性の病気などを忌避する機運が一般化すると、障害者などの少数派を排除する社会になる危険性があります。例えば、偶然に左右される遺伝子を人為的に操作しようという発想が高じると、先天的な病気や障害のある人を「厄介者」扱いすることになりかねないのです。

 そうなると、病気や障害のある人の権利や尊厳が侵害される危険性がありますし、いつ人間は病気や障害になるか分からないことを考えると、そうした社会は健常を疑っていない多数の人にとっても、住みにくくなります。もっと言うと、障害者や同性愛者を「不良な遺伝子」を持っているとして社会から抹殺したナチス・ドイツに近い空恐ろしさを持っています。

 このほか、遺伝子操作された完璧な人間が、自らの能力を過信するようになる危険性も指摘されています。つまり、人間の才能が偶然ではなく、人為の力で決められるようになると、その能力を持った人間は「遺伝子操作を受けていない劣った人を無視してもいい」という心情になりかねないというわけです(マイケル・サンデル『完全な人間を目指さなくてもよい理由』)。

 そういえば、『スター・トレック』第2作の『カーンの逆襲』、第12作の『イントゥ・ダークネス』ではドラマシリーズの宿敵を踏襲しつつ、遺伝子操作された「優生人類」が普通の人類を見下し、宇宙征服を試みる設定になっています。

 こうした話は全てフィクションにとどまっているため、いずれの懸念も飛躍した印象がありますが、「遺伝子を改変できるゲノム編集を通じて、エイズウイルスに対する免疫を持たせた双子の女児が中国で誕生」といった報道を見ると、「神になるぞ!」という丹波哲郎のセリフは笑っていられない不気味さを含んでいます。

ビッグデータは
もろ刃の剣になる

 社会保障の将来像を語る時、盛んに論じられているのがビッグデータの活用です。ビッグデータの活用に向けた枠組みとして、官民データ活用基本法が制定されるなど、官民挙げてビッグデータの活用が模索されています。社会保障の分野でも生活を便利にしたり、給付を効率化したりする可能性に期待できそうです。

 ただ、遺伝子技術と同様、ビッグデータがバラ色の将来をもたらすとは限りません。その点についても、いくつかの映画で論じてみます。