ビジネスの成否は「交渉力」にかかっている。アメリカの雑誌で「世界で最も恐れられる法律事務所」に4度も選ばれた法律事務所の東京オフィス代表であるライアン・ゴールドスティン米国弁護士に、『交渉の武器』(ダイヤモンド社)という書籍にまとめていただいた。本連載では、書籍から抜粋しながら、アップルvsサムスン訴訟を手がけるなど、世界的に注目を集めるビジネスの最前線で戦っているライアン弁護士の交渉の「奥義」を公開する。

交渉で「要求」を提示するときには、<br />ストライクぎりぎりの「ボール球」を投げる

最初のオファーが「アンカー」となる

 自分と相手のどちらが先にオファー(条件提示)をするか?
 これは、交渉において重要な問題だ。なぜなら、最初のオファーがアンカリングとして機能するからだ。

 アンカリング(Anchoring)とは、認知バイアスの一種で、先に提示された情報(アンカー)が、その後の判断に影響を及ぼす心理現象のことだ。
 船が、アンカー(船の錨)でつながれている範囲を超えて移動できないのと同様に、人間も、先に提示された情報がアンカーになって、その影響から離れられなくなることが実証されているのだ。

 心理学者であるエイモス・トベルスキーとダニエル・カーネマンが行った実験は、よく知られている。
 彼らは、実験参加者に「国連に属している国のうちアフリカ大陸にある国家の割合はいくらか?」という質問をしたのだが、その質問をする前に細工を施した。半数の実験参加者には「65%より大きいか小さいか?」と尋ね、もう半数の参加者には「10%よりも大きかか小さいか?」と尋ねたのだ。

 そのうえで、「国連に属している国のうちアフリカ大陸にある国家の割合はいくらか?」と質問をすると、「65%より大きいか小さいか?」と聞かれたグループの回答の中央値は45%で、「10%よりも大きいか小さいか?」と聞かれたグループの回答の中央値は25%になった。つまり、「65%」「10%」という数字がアンカーとなって、実験参加者の判断に強い影響を与えたということだ。

 交渉でも同様のことが起きる。
 価格交渉が典型だ。たとえば、同じパソコンを値切るにしても、「20万円のパソコンを14万円に値下げ」という値札がついているときと、単に「14万円」という値札がついているときでは心理に大きな違いがあるだろう。

「20万円」という値段をアンカリングされていれば、多くの人は「14万円からさらに値切ることができたとしても、1~2万円が関の山」と考えるはずだ。しかし、「14万円」という値段がアンカーになっていれば、「頑張れば10万円を切れるかもしれない」と考えるのではないだろうか?

 この場合、値札が「最初のオファー」になるわけだが、この「最初のオファー」がアンカリングとなって、交渉の展開に大きな影響を与えるわけだ。これは、価格交渉のみならず、あらゆる交渉に共通する現象であることは間違いないだろう。