ビジネスの成否は「交渉力」にかかっている。アメリカの雑誌で「世界で最も恐れられる法律事務所」に4度も選ばれた法律事務所の東京オフィス代表であるライアン・ゴールドスティン米国弁護士に、『交渉の武器』(ダイヤモンド社)という書籍にまとめていただいた。本連載では、書籍から抜粋しながら、アップルvsサムスン訴訟を手がけるなど、世界的に注目を集めるビジネスの最前線で戦っているライアン弁護士の交渉の「奥義」を公開する。

「一括合意」か「個別合意」か?

 交渉には戦略が不可欠だ。
「交渉の目的」を明確にしたうえで、「譲歩カード」を切りながら、「絶対に譲れないもの」を獲得する。どうしても「絶対に譲れないもの」が得られないのであれば、「交渉決裂カード」を突きつける。そのためには、交渉が決裂しても困らないように、プランB、プランCを用意しておく……。こうした大枠の戦略──交渉の中身(コンテンツ)──を明確にしておかなければ、交渉に勝つのは困難だ。

 ただし、これだけが戦略ではない。「交渉の中身」を戦略的に考えておくだけではなく、その交渉をどのように進めるのか──交渉の具体的なプロセス──についても戦略的に考えておく必要がある。交渉を有利に進めるためには、「何を交渉するのか?」と「どう交渉するのか?」の2つの戦略が不可欠なのだ。

 具体的に考えてみよう。
 ほとんどの交渉には、合意すべきポイントがいくつかある。
 そして、通常の交渉においては、いくつかの争点をまとめて一度に合意するプロセスが望ましいとされている。「Aを譲歩するから、Bは譲歩してほしい」といった駆け引きが可能になるために、“win-win”の交渉が成立しやすいからだ。しかし、状況によっては、一括合意のほうが不利になることもある。

 離婚交渉を例にとって考えてみよう。ビジネスマンの夫と専業主婦の妻で、親権は妻が取ることで合意しているとする。争点となっているのは、「養育費」と「子どもに会う権利」。夫は、あまりに高額な養育費は避けたいと考えているとともに、子どもとは定期的に会えることを強く希望している。一方、妻はできるだけ多くの養育費を勝ち取りたいと考えている。

 この問題において最も重要なのが、子どもの気持ちであることは言うまでもないが、それを踏まえたうえで、夫の立場で考えるならば、「子どもと会う権利」を認めてくれなければ、これ以上の交渉には応じないと伝えるべきだろう。つまり、個別交渉に持ち込むのだ。

 なぜなら、「養育費」と「子どもに会う権利」を同時に交渉すれば、妻は、「養育費を増額しなければ、子どもと合わせない」という駆け引きができるからだ。夫にすれば、どちらかを犠牲にしなければならない立場に追い込まれるわけだ。

 妻がはやく離婚したいと望んでいるのであれば、「これ以上の離婚交渉には応じない」と言われると困るはずだ(離婚裁判となれば時間がかかる)。もしも、それを嫌って「子どもが会いたいというならば、面会するのは構わない」と認めてくれれば、夫は比較的有利になる。妻から、「子どもと会う権利」と引き換えに「養育費」の増額を迫るパワーを奪うことができるからだ。

 このように、自分が置かれた状況次第で、「一括合意」と「個別合意」のどちらのプロセスが有利かは変わるのだ。