自虐こそが地方再生の
切り札である

 その中には、かなり攻めた自虐をする自治体もある。

 代表が北海道の夕張市だ。2007年に財政破綻したが、その翌年、「負債」と「夫妻」を引っ掛けて、「夫婦円満の街」を宣言して、「残ったものはメロンと負債(中略)金はないけど愛はある」なんてキャンペーンソングをつくっている。

 みな我こそはと前のめりで、「自虐ネタ」をぶっこんでくるのだ。そのハングリーさは、「踊る!さんま御殿」などで、どうにか爪痕を残そうとする芸人やアイドルも顔負けである。

 この「自虐トレンド」は自治体だけではない。「翔んで埼玉」のようにエンタメ作品でも大きな潮流となっているのだ。

 まず、有名なのが、「グンマ県」に転校してきた高校生がカルチャーショックを受けながらドタバタ学園生活を送る「お前はまだグンマを知らない」や、高校生が栃木の魅力を向上させようと奮闘する「ススメ!栃木部」なんて漫画だ。また、こちらは小説だが、「大洗おもてなし会議(ミーティング)四十七位の港町にて」は、祖母の民宿を手伝う主人公が、移住者や外国人観光客とのふれあいを通じて、大洗の魅力を再発見する物語である。

 これらの作品に共通するのは、不便さや田舎っぽさをユーモアを交えつつ「自虐」としていることであり、そこが評価されている。つまり、今や日本の地方を語る際には「自虐」という要素は無視できない。冗談抜きで、「自虐で地方創生」という感じなのだ。

 ということを言うと、愛国心溢れる方たちからは、「全国にはそれぞれの土地に誇れるものがあるのに、自虐をするなんて情けない!」と顔をしかめる方もいるかもしれないが、実はこのトレンドは今に始まったことではない。

 2003年には、お笑い芸人はなわさんが「佐賀ディスり」をした歌「佐賀県」が大ヒットしたことで、このトレンドが近年、強まったものの、地方は何十年も昔から「ふるさと自虐」を続けてきたのである。

 わかりやすい例が、「俺ら東京さ行ぐだ」である。

 現在もカバーされる吉幾三さんの名曲だが、「俺らこんな村、嫌だ~」という歌詞からもわかるように、これは田舎の「自虐ネタ」である。

 当時、吉さんが青森県出身ということから地元では「流石にこんな田舎じゃない」という文句も上がったし、若者が地方を去ることを促しているというような批判もあった。しかし、その一方でこの曲を支持したのも実は東北の人なのだ。ヒットのきっかけは、東京のマスコミが取り上げたのではなく、「仙台の有線放送でまず火の手が上がった」(読売新聞1985年3月4日)ことで東北や北海道で人気を博し、それが南下していったというのだ。