答えのないところに答えを見つけよ
私自身、自分を疑うきっかけとなる次のような体験がある。
大学卒業後、読売新聞社を経て入社した三菱商事を辞した後、私はボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の創業者ブルース・ヘンダーソンから、経営コンサルタントへとスカウトされてBCGに入った。
ブルースは非常にクセのある人物であり、BCGのアメリカ本社でも、幹部の多くは彼を煙たがっていた。
私にとってもヘンダーソンとの付き合いは骨の折れるものであり、心が疲れて何度も投げ出しそうになった。
ただ、ヘンダーソンという人間への好奇心が勝り、とくに彼の晩年は、BCG本社の幹部の誰よりも私が身近に接するようになっていた。
あるセミナーのために来日したヘンダーソンとのやり取りは、いまでも鮮烈に覚えている。
私たちは、ゴルフ場に隣接する高級ホテルに滞在していた。
ホテルのベッドで熟睡していた私は、早朝6時にヘンダーソンからの電話で叩き起こされた。
「散歩に行くから、K2(私のあだ名)もついてこい」
勝手な言い分だが、私の他に付き合う幹部はいない。
眠い目をこすりながら、誰もいないゴルフ場での散歩に嫌々付き合っていると、やがて彼は松林を歩きながら、足元に茂っている雑草を指差して問いかけた。
「K2、お前はどれが雑草で、どれが松の若木かわかるか?」
急にそう問いかけられても、私にわかるわけがない。
「わかりません」
そう答えると、ヘンダーソンは本気でムッとした。
「K2、お前はバカじゃないか。わからないのは、識別能力がないからだ。じゃあ、お前は5年後の世の中がどうなっているかもわからないのか?」
そんなことを尋たずねてくる。それもまた無謀な問いだと私には思えた。
「ええ、やはりわかりません」
素直にそう答える私に、彼は次のように畳み掛ける。
「お前は本当に愚おろか者だ。5年後の世の中もわからないような奴に、経営コンサルティングを頼むようなクライアントがいるとでも思っているのか?」
そう言われて、さすがに私もムッとして問い返した。
「では、お聞きします。そういうあなたには、5年後の世界が見えているのですか?」
するとヘンダーソンはこう答えた。
「もちろんわかる。よく考えてみろ。いま起こっている事柄で、5年前に影も形もなかったものがあると思うか? たとえ商品としては出回っていなくても、研究段階では10年ほど前から存在していたものがほとんどだ。ならば、5年後に起こることの芽はすべて、実はいま出ている。この雑草のなかで、どれが雑草のままで終わり、どれが松の木として成長するかが見分けられたら、5年後の世界が見通せるはずだ」
これは、答えのないところに答えを見つける能力を大切にせよという、ヘンダーソンならではの薫陶である。
経営コンサルタントの仕事の多くがそうだからだ。
雑草かどうかを見分ける能力が、世の中の未来を見極める能力につながるというのは、いささか乱暴に思えるかもしれない。
ヘンダーソンが言いたかったポイントは、「洞察力を持て」ということに尽きる。
雑草をただの草としてぼんやり眺めている人間と、そこに何らかの可能性を見つけようと洞察を試みる人間とでは、長い目で見ると大きな差が開く。
ヘンダーソンとのこの朝のやり取りは、私が「洞察力」を深く考えるとようになり、経営コンサルタントとして独り立ちするターニングポイントとなった。
ブルースは業界の革命児だったが、不思議なことに著書は驚くほど少ない。
経営コンサルタントが本に書いてあることを真に受け、そのまま実行していたら時代遅れになる恐れがある。
そういう危惧が心のどこかにあったのだろうか。
本に書いてあることは、つねに過去である。
過去からの学びは大事だが、経営コンサルタントは過去を学んだうえで、さらに未来を見通す仕事だ。
経営コンサルタントが学びを本からのみ得ようとすると、時代の最先端の潮流を読み切れない。
コンサルタントだけではない。
批判的な読書を心がけて洞察力を養おうとする際でも、本に書かれている内容は過去であるという事実は肝に銘じておきたい。
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【著者からのメッセージ】
人生には大切なものが2つある。
1つは「友人」である。
趣味・嗜好が合い、何事も胸襟を開いて忌憚なく語り合える友人は、人生を豊かにしてくれる宝物だ。私にとっては財務相などを務めた故・与謝野馨さん、音楽家の三枝成章さんがそうであり、ヒロセ電気の社長だった故・酒井秀樹さんがそうだった。
利害損得を考えないで付き合える友人が何人いるか。
それは、その人間の懐の深さと器の大きさを反映している。
ネット社会には数々の問題点が指摘されているが、一方で共通の趣味を持つ人を見つけやすくなったのは、見逃せないメリットだ。
もう1つ大切なのは、「学習歴」である。
学歴という言葉があるが、この「学」と「歴」の間に「習」を入れると、「学習歴」という言葉になる。
私は学歴を信じていない。
それは、次のような経験があるからだ。
私が創業したドリームインキュベータでは、毎年数人の新卒採用枠に数千人ものエントリーがある。
いまは現場を退いているが、かつては私も入社希望者に面接をしていた時期があった。
面接では、世間的には名の通った名門高校から名門大学に進み、学歴は申し分なくても、「大学4年間で一体何を学んできたのか?」と問いたくなるような魅力のない人間に大勢出会ってきた。
東大卒、京大卒、ハーバード大卒といった最終学歴がどんなに立派でも、学んで習う習慣を持たない者は伸びない、魅力がない。
本来は「学歴≒学習歴」なのだ。
しかし、有名大学に入るだけで満足してしまい、学びを得ないままで卒業した人間は学習歴に乏しい。
感性も知性も人生でもっともみずみずしく、人間としてもっとも成長できる時期に、自分に何も投資しないのは極めて愚かな選択である。
学歴の代わりに私が信じているものこそ、何を学んできたかという学習歴だ。
たとえ学歴がないとしても、学習歴が豊かな人は人格的にも優れているし、学んで習うという習慣を忘れないから、ビジネスパーソンとしてだけでなく、1人の人間として成長し続ける。
その学習歴を作ってくれる手段が、読書なのである。
さきほど触れた酒井さんは、多極コネクターで業績を上げて、ヒロセ電気を売上高経常利益率が3割という超優良企業に育て上げた中興の祖である。
彼は東京都立港工業高校の出身で、大学は出ていない。
エンジニアとして極めて優秀だった。
それに甘んじることなく、読書で経営感覚を徹底的に磨いた。
学歴を学習歴が凌駕した好例である。
自分には自慢できる学歴がないと思っている人も多いだろう。
しかし、そんなことを思っている暇があったら、寸暇を惜しみ、せっせと読書に励むべきだ。
読書で学習歴を積み上げられたら、学歴は気にしなくていい。
学歴は一流、超一流へと近づく方法ではない。
読書で教養を磨き、洞察力を高めるのが超一流への近道なのである。
若いときから読書習慣をつけるのが理想だが、読書に年齢の壁はない。
何歳から読書に目覚めても遅いという話にはならない。
大学を卒業してビジネスパーソンになってから、もう一度大学に入り直して学歴を更新するという方法もある。
日本では大学は学生だけが行くところだが、欧米では社会人が大学で学び直して、再び社会に戻るケースは珍しくない。
社会人が就労に活かすために学び直す「リカレント教育」が日本でもようやく注目されるようになってきた。
しかし、まだまだ学び直したい社会人を受け入れる土壌が整っているとは言い難い。
ならば、学び直して学歴を更新するのではなく、読書で学習歴と高めるという選択肢を選ぶほうが賢明である。
心から共感できる友人がいて、その友人と読書と介した学習歴を高め合う関係を築けるのが理想である。
私にとって三枝成彰さんは、いまでもそういう得難い存在だ。
読者の皆さんにも、これから生涯に渡って読書によって学習歴を高め、豊かな人生を歩んでもらいたい。
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<目次>
第1章 二流から一流へ成長する読書術
第2章 AI時代を生き抜くための読書術
第3章 ほしいと思われる人材になる読書術
第4章 読書力を引き上げるコツ
第5章 読書こそが私という人間を作ってくれた