召集令、動員令…
「令和」から連想されるもの

 こういう高圧的なイメージだけでもリスキーなのに、「最悪」を想定すれば、「令」はさらにネガティブなイメージと結びつけることが容易にできてしまうのだ。

 過去を振り返ると、日本政府は国民が苦しくなればなるほど、お上からの「令」を笑顔で受け取って団結しなくてはならぬ、と呼びかけてきたという動かしがたい事実がある。例えば、戦時中のスローガンがわかりやすい。

「笑顔で受取る 召集令」
「翼賛は 戸毎に下る 動員令」

 苦しい時こそみんなで「命令」に従え。従うものに平和が訪れる。つまり、「令和」という言葉の響きは、戦前、戦中の国民統制を連想させてしまう恐れがあるのだ。そういうリスキーな元号を、これまた「一億総活躍」なんて戦時スローガンを思わせる掛け声を好んで使い、事あるごとに右傾だ、国粋主義だと言われる首相が掲げるわけだ。

 もし筆者が、政府の危機管理を担当する人間ならば、「令和」には間違いなく強固に反対をした。「デメリット」が大きすぎるからだ。

 ご存じのように、辺野古では基地を巡って県と政府でバチバチのバトルが続いている。原発再稼働問題もしかりだが、最終的には、どちらも日本政府による「命令」を受けた公的機関が力づくで押し切っていくはずだ。

 東アジアに目を移せば、韓国の「徴用工」と「従軍慰安婦」、中国の「南京大虐殺」などなど、日本にはことあるごとに「戦争犯罪」カードをちらつかせるのがお約束となっている国がある。そういうパブリックイメージを国際社会で触れ回りたい人たちからすれば、戦前の国民統制を思わせる元号を掲げた政府は、カモネギどころか、獲物が自分で調味料をかけて歩いているくらい、ありがたい話だ。

 また、この春からは「外国人労働者」が「人手不足」業界にやってくる。

 日本人でも嫌がる低賃金・過重労働なので、どこかの留学生のようにサクサクと所在不明になっていくのは目に見えている。そうなると、国は「不法滞在外国人」をこれまで以上に厳しく監視、取り締まりをしなくてはいけない。

 ブラック企業で働かされました、雇い主からセクハラやパワハラを受けましたと騒ぐ外国人に対しては、「ひどい不良外国人だ」とサクサクと国外退去にしていかなくては、国の威信に関わるからだ。