「新元号は令和!恭賀!(おめでとう)」「安倍首相の安の字は、結局使われなかったんだ!」「平和にするということで、いい響き。いい元号だ」「新元号、ついに決定!」など、新元号に対する反応は、日本人のそれとほとんど同じようなものであり、そんなことが日本以外の国のSNSで繰り広げられ、彼らの関心がそれほど高いことに私はとても驚かされた。

新元号の典拠について
中国のSNSで相次いだ投稿

 よく知られているように、元号といえば中国が発祥だ。

 前漢時代の「建元」が最初だといわれており、日本人も世界史の授業で学んだ「康熙」(こうき)、「雍正」(ようぜい)、「乾隆」(けんりゅう)などがあるが、中国は1911年、清朝の「宣統」(ラストエンペラーで有名な宣統帝・溥儀の時代)を最後に、元号を廃止している。元号は、今では“本家”の中国にはなく、日本でのみ連綿と続いているものだ。中国人は、自分たちがすでに失ってしまったものだからこそ、それほどまでに興味や関心があるのだろうと思ったが、さらに驚いたのは、それから間もなくしてからだった。

 新元号の典拠について、安倍晋三首相は『万葉集』と発表していたが、中国人の間からは、典拠は(中国最初の詩文集である)『文選』(もんぜん)ではないか?という投稿が相次いだからだ。

 そうした投稿と前後して、岩波文庫編集部のツイッター(以下ので解説)上での指摘をはじめ、日本のメディアでも漢学者などへの取材から、「中国が典拠なのでは」という説がどんどん飛び出し、ネット上で大きな盛り上がりを見せた。だが、岩波文庫編集部のようなプロではない、ごく一般の中国人のSNSでも、ほぼ同じ時間帯から同様の指摘をする人がいたことに、私は舌を巻いてしまった。

※新元号「令和」の出典、万葉集「初春の令月、気淑しく風和らぐ」ですが、『文選』の句を踏まえていることが、新日本古典文学大系『萬葉集(一)』の補注に指摘されています。「令月」は「仲春令月、時和し気清らかなり」(後漢・張衡「帰田賦・文選巻十五」)とある。