その後、「聖域なき構造改革」を掲げた小泉政権で、郵政民営化や規制緩和などが行われ、景気も米国のITバブルなど、海外の好況に引っ張られるように回復、「いざなみ景気」とも呼ばれた。

 当時、構造改革の成果といわれたが、実はその裏で金融緩和をしていたのはあまり知られていない。経済の好調で急速に財政再建も進んだ。

 だが、2008年9月のリーマンショックで、新たな危機が世界を襲い、日本経済も再び奈落の底に突き落とされた。

 この時もマクロ政策の失敗が、事態を深刻化させた。

 金融緩和と積極財政が求められたが、日銀も財務省もできなかった。まるで、両者がともにバブル後の対応を誤ったのと同じ光景を、ほぼ20年後に再び見ることになり、情けなかった。

 リーマンショックからほどなく誕生したのが民主党鳩山政権だった。戦後初の本格的な政権交代に、国民は大いに期待した。

 経済環境も、リーマンショック後の「最悪」からのスタートなので、放っておいても最悪よりは悪くならないという、政権交代の成果を示す絶好の環境だった。

 これについて、「死んだネコでもたたきつければ跳ね返る」と、欧米でもよく言われる表現がある。

 実際、鳩山政権で経済は最悪時よりマシになったが、回復のペースは芳しくなかった。日銀が信じがたい行動をとったからだ。

 大きな経済ショックへの対応策は、まずは大胆な金融緩和だ。

 実際に、欧米の中央銀行はリーマンショック直後、猛烈な金融緩和を行った。

 その結果、通貨量も大きく増加した。その時、日本銀行の動きは鈍かった。

 その結果、円は猛烈に高くなった。円が他国通貨に比べて相対的に少なくなったので、その価値が高くなったのだ。

 リーマンショック自体からは、日本は欧米に比べて大きなダメージを受けなかったにもかかわらず、円の「独歩高」で、日本の輸出企業が打撃を受けることになり、日本経済を急降下させた。

 これは、典型的な政策対応ミスだった。財政政策では鳩山政権でもそこそこ予算規模を継続したのでまずまずだったが、円高が全てをぶち壊した。