個人の興味が大勢に共有される時代

佐宗 僕はもともとマーケティングの世界にいたわけですが、マスマーケティングの世界って、そもそも消費者の頭の中の「枠」がめちゃくちゃ少ないんです。たとえば、P&Gでやっていた消臭剤とか柔軟剤を思い浮かべてもらえばわかりますが、普通の消費者に「消臭剤といえば?」と聞いたときに、パッと出てくる名前って3つとか4つくらいしかない。こういう寡占型のマーケットでは、消費者が何も考えないでパッと購入してもらえるよう、「覚えておいてもらうこと」が重要になります。そうなると、規模が重要になりますから、顕在化した市場ニーズの「枠」を奪い合うという戦い方にならざるを得ません。

岩渕 一方、消費者の行動なんかも、少しは変わってきていますか?

佐宗邦威(さそう・くにたけ)
BIOTOPE代表。戦略デザイナー。京都造形芸術大学創造学習センター客員教授
大学院大学至善館准教授東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科修了。P&G、ソニーなどを経て、共創型イノベーションファーム・BIOTOPEを起業。著書にベストセラーとなった『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』(ダイヤモンド社)のほか、『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』(クロスメディア・パブリッシング)がある。

佐宗 この流れは、インターネットが社会にインフラとして浸透していったここ20年くらいでかなり変わったと思います。いまは「自分が好きなものを選びたい」消費者の意識がシフトしている。たとえばSNSにたくさんの情報が流れているなかで、たとえば「この人の発言が好きだからフォローしよう」「この人がこういうことをしているから信用してフォローしよう」という行動は、覚えているかいないかという次元ではなく、自分に必要な情報以外は入れたくないから好きな情報を選ぼう、という心理の表れです。
今まで無意識に購入していたのが、「自分の感覚や美意識と合っているから信用して買おう」という行動に変わってきていると感じます。

岩渕 「並べられたものなかから選ぶ」ということではないんですね。

佐宗 いわゆる「エンゲージメント」が大事になってきているという話ですね。いまやスマホを見るという行為は、「自分が誰と長い時間を過ごすかを選ぶ行為」だと言えるのではないでしょうか。そうした構造がいろいろなところで起こっている。だから、商品やサービスの背景にある人や、その人のビジョンへの共感がより大事になってきています。
美術手帖』でも、たとえば「アートのこれからの価値を考える」という企画のうしろに岩渕さんという人格が透けて見えるので、「編集長がどんなことを考えているか知りたい」と思って読みたくなる。自分が知らないことを教えてくれる人に対して魅力を感じ、しかもその人が理屈ではなく、「これが面白い!」と思っているものに対して共感する。ある種、昔の編集者がやっていたことがひと回りして、もう一度価値が戻ってきたのではないかと思っています。

岩渕 不思議な感覚ですね。ある意味、僕はそこがコンプレックスでした。『美術手帖』は、どちらかといえば「限られた人」に届けるニッチなメディアです。でもビジネスとしては、より多くの人に届けていかねばならないという面もある。その壁を突破するには、「自分にはないもの」も取り入れないといけないかもしれない。そう思って迷っていたんです。でも、『直感と論理をつなぐ思考法』を読んで思ったのは、いろいろな人に届くコンテンツをつくるうえでは、無理に「自分にはないもの」を取り入れる必要はないということですね。