“歴史と経済の物語”、その箱を開けてみませんか

 我々の経済・社会を駆動する複合的な要素を解きほぐすと、歴史の淵源に「言語」と「余剰」が立ち現れてくる。このシンプルな説明と共に幕を開けた本書は、章を追うごとに、私たちがいま生きる現在、そして未来へとフォーカスが移っていきます。

 われわれ人間は、テクノロジーの可能性を余すところなく利用する一方で、人生や人間らしさを破壊せず、ひと握りの人たちの奴隷になることもない社会を実現するべきだ。
 そのためにはまず何よりも、機械を共同所有することで、機械が生み出す富をすべての人に分配したほうがいい。自分たちが生み出した機械の奴隷になるのでななく、すべての人がその主人公になれるような社会をつくるほかに道はない。
同書 168頁)

 こうして、1万年以上も前の話から始まった本書は、ついにはまさに現在の問題を私たちの前に提示します。読者はここに至って、いま世の中で目にしている出来事を歴史の中に位置づけ、新たな視点から考えることができるようになるのです。

 それでも僕はこの鮮やかな着地点を導いた本書のハイライトは、歴史的・社会的・文化的に複雑に絡み合った事象を一気にひもといてみせた第1章「なぜ、こんなに『格差』があるのか?」と第2章「市場社会の誕生」にあると思うのです。

「難しいこと」を優しく「易しく」語る、その流麗な語り口と、紙背に感じられる博覧強記な知識。ビジネス書をサプリメントとして服用していたことに背筋が伸び、思わず“知の尊さ”に嘆息してしまう。

 ギリシャ危機を含む国家財務の実務経験、経済学者としてのアカデミズムでの実績、文学や詩への造詣も深いからこそ為せる筆致と構成。時代考証とはまた別次元の物語的アプローチから、読者を歴史と経済の奥深い、心地よい旅へ誘っていく。

 これまで固く鍵がかかっていた、遠大な歴史の物語。その箱を、ゆっくりと開けてみませんか。