中国共産党の支配が及ばない
地域での統治の困難さ
だからこそ、中央政府としても林鄭月娥に対して“強行突破”ではなく、とりあえず同条例を無期限延期して抗議活動の沈静化を図るべく指示したということであろう。それに加えて、同条例やその背景に深く横たわっている香港社会・市民の“反共”“反中”気運が投資リスクと映り、香港から外資が引き上げ、国際金融センター、アジアのビジネスハブとしての地位が失われてしまう経済リスクと、今月末に日本の大阪で開かれるG20サミットで米国を含めた各国首脳が香港問題で中国に圧力をかけてくる外交リスクを回避したいという、上記の統治リスクに比べれば局地的な懸念も、今回の決定に際して働いているといえる。
現在に至るまで、米国、英国政府を含め、西側諸国は香港情勢に対して懸念を示し、香港市民の表現の自由を重んじるように、人権的見地から声明を発表している。本連載「中国民主化研究」にとっての一つ視点である「外圧」が、香港問題を通じて中国共産党に投げかけられている。
筆者自身、今回の事態を受けて習近平総書記率いる党指導部がこれまでよりも自由や人権を重んじるようになるとは到底思えないが、少なくとも“外圧”を受ける過程で、香港という中国に属しながら、中国共産党による支配力や浸透力が完全に及ばない場所を治めることの難しさを再認識し、自らの能力や対策を再考する機会にはなるのではなかろうか。
淡々と進行する
自由への戦い
抗議デモも終盤に差し掛かった22時頃、筆者はアドミラルティから西(東側に位置するビクトリア公園とは反対の方向)に3キロほど行った場所、Des Voeux通り沿いにある大衆食堂で夕食を取っていた。日曜日の夜にもかかわらず、店内はあふれんばかりの客でにぎわっていた。ざっと見回して、客の半分以上は黒シャツを来た若者であった。デモ参加を終え、帰宅前に直行してきたのだろう。
「戦いの後は腹がへるのだろう――」
筆者はそんなことを考えながら彼ら・彼女らのまなざしや食いっぷりを眺めていた。そこには勝利に酔い、祝杯を上げるような雰囲気は漂っていなかった。淡々と席に着き、箸を進め、静かに去っていった。同じ頃、林鄭月娥は「香港社会に大きな矛盾と紛争をもたらし、多くの市民に失望と心痛を与えたことをおわびする。誠意と謙虚さをもって批判を受け入れる」と謝罪の声明を出した。
戦いは始まったばかりだ。