その関心は、新しい町をつくり、図書館をつくり、そこで子どもたちを教育し、やがて学校をつくり……というプロセスの中で築き上げられてきた「伝統」だ。同時に、先住民の排除をはじめとする問題も起こってきた。そのことへの反省は、学校教育や社会教育に組み込まれているけれども、まだまだ不十分かもしれない。日本は、どうだろうか。

 教育に関するパワフルな報道の背景には、教育を専門とするメディアの存在がある。かつて、日本にも多様な教育ジャーナリズム専門誌が存在したが、現在、その多くは姿を消した。理由の1つは、少子高齢化なのかもしれない。しかし米国でも、高齢化は進行しつつある。背景の多くは共通している。それなのに、日本では教育を専門とする媒体が成立しにくいところまで、社会の関心が減退している。

「仕方ない」「無関心」という
巨大なバリアは崩れるか

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 事実を明らかにするためには、データ源、特に公的なデータや記録が重要だ。ベナー氏らの記事で実態解明の重大なカギの1つとなったのは、開示された裁判記録だった。税金で行われた業務のもとで集積されたデータや記録に対しては、国民の誰もが知る権利を持っているはずだ。プライバシーに関わるため本人にしか開示できない場合でも、本人は自分に関して収集された情報のすべてを知る権利があるはずだ。

 しかし日本では、裁判記録を第三者である報道関係者が入手することに対して、巨大なバリアがある。本人が自分の情報を知る権利も保障されていない。特にセンシティブな情報ではないはずなのに、自分の情報が黒塗りされて開示される場合もある。「プライバシー保護」とは、誰の情報を何から保護することなのだろうか。海外から考え方を移入したときに、換骨奪胎されていないだろうか。

 今回は、米国で話題になっている教育問題の1つと、その報道の舞台裏に焦点を当てた。社会に存在する課題を発見することにも、他者や読者に伝えることにも、課題に対する関心を維持することにも、「日本ならでは」の制約がある。「仕方ない」と諦め、無関心のままでいたら、現在よりも「マシ」と言える未来は、絶対に来ないだろう。

【参考】

T.M. Landry College Preparatory School 公式ウェブページ

報道の端緒となったニューヨーク・タイムズ記事(2018年11月30日)
Louisiana School Made Headlines for Sending Black Kids to Elite Colleges. Here’s the Reality.

(フリーランス・ライター みわよしこ)