日本でも「哲学カフェ」が根づいていく

 日本でも哲学カフェがおこなわれるようになったのは、2000年前後の頃です。関東では「関東実験哲学カフェ」という、文字どおり「実験的」な哲学カフェが立ち上げられ、関西では哲学者の鷲田清一らが大阪大学内に設立した「臨床哲学研究室」が中心となって、カフェをはじめとした街角の公共スペースで哲学する活動が始められました。

 こうした取り組みがある程度、軌道に乗り、活動や実践者が多様化した2005年には、哲学カフェをはじめとする街角の哲学の実践やサポートをおこなう「カフェフィロ」という団体が立ち上げられました。

 このカフェフィロが、哲学カフェやその他のさまざまな街角の哲学の窓口となったことで、たとえば、全国各地の哲学カフェ開催情報を共有したり、哲学カフェに参加したい人同士や哲学カフェを運営してみたい人同士がゆるやかにながったりできるようになりましたこうしたカフェフィロの精力的な活動のおかげで、哲学カフェは日本社会に着実に根づいていきました。

 現在、哲学カフェは、学校での哲学対話教育と同じく、全国各地に急速に広がっています。試みに、全国の哲学カフェ情報をまとめたウェブサイト「哲学カフェ・哲学対話ガイド」にアクセスしてみると、(2019年5月現在)約140の哲学カフェが紹介されています。

 私が初めて哲学カフェという言葉を耳にして、物は試しと参加してみたのは2008年頃のことですが、そのときにはまさか哲学カフェが国内でこれほどまで知名度を上げて一般的なものになるとはまったく予想しませんでした。そのとき足を運んだのは、カフェフィロのメンバーが主催する、現在も東京・神保町の喫茶店で毎月おこなわれている老舗の「哲学カフェ@Cafe Klein Blue」でしたが、参加者は主催者を含めても総勢4~5名くらいしかおらず、コーヒーミルのけたたましい作動音にしばしば会話を中断させられながら、喫茶店の片隅で肩身狭く哲学対話をしたことをよく覚えています。

 日本の哲学カフェの黎明期ともいえるその時代を知る一人としては、現在の国内の哲学カフェを取り巻く状況は、まさに隔世の感です。

あらゆる人が「哲学」に触れやすくなるように

 話をパリに戻します。カフェ・デ・ファールでの哲学討論会に集った市民たちは、年齢や性別だけでなく、職業や社会的立場も極めて多様でした。そうした市民たちを前にして、ソーテは、哲学を一部の知的エリートのものだけにするのではなく、あらゆる人に対等にひらかれたものにしようと考えました。

 その結果ソーテは、フランスの哲学アカデミズムからは大いに敵視されてたくさんの苦労をするのですが、それはさておき、ソーテはこのような考えを背景にして、自分の哲学カフェでは哲学に関する教養の有無を不問に付して、どんな人でも参加できる仕方で哲学カフェを運営しました。

 現在でも、とくに日本の哲学カフェでは、「哲学の専門知識はいりません」という看板が掲げられることが多いですが、ここには、「哲学を一部の専門家や知的エリートといった特別な人の手から、あらゆる一般の市民に取り戻す」というソーテの思想が受け継がれているように感じられます。